【トニキャプ♀】友情と愛情の境界線
※キャップ後天性女体化
※生理描写あり
※時系列AVG後〜WS登場前くらい
血清によって超人的な力を手に入れた代償に性転換してしまったキャップの話。
こちらでお話完結してますが、アフターストーリーを加えたものを7/7ムパラにて発行しました。
何度徴兵検査で不合格になろうと、僕は兵士になりたかった。なんとしても戦場へ行き、戦争を終わらせる。そうすれば平和な世界になると、当時は本気で信じていたからだ。
アースキン博士と出会い、チャンスが巡ってきた。スーパーソルジャー計画。強化人間を生み出す、いわば人体実験だった。
もちろん事前にリスクに関する説明も受けていた。レッドスカルという失敗例があったものだから余計に。
それでも僕は志願したのだ。
「その結果、あんたも失敗したってわけか」
はっと鼻で笑うスタークに、僕は「失敗とは言いきれない」と反論した。
現に僕は血清を打つ前には考えられなかった強靭な肉体とパワーを手に入れていたのだ。
すると、
「失敗じゃないだと?」
スタークは目を剥いた。
「あんたのそのキテレツな身体は、僕の親父を含めマッドサイエンティストどもによって生み出されたものなんだぞ!?」
僕は俯いてベッドに横たえた自身の肢体をみた。
下半身は毛布の下に隠れているけれど、上半身の胸の膨らみは隠しようがない。筋肉のそれとはちがう、脂肪を伴った健康的な二つの膨らみ。血清は僕に超人的なパワーを恵んでくれたが、同時に基本的な形状をも大きく変化させてしまった。
平たく言えば、僕は力と引き替えに女性の姿に変わってしまったのである。
要因は未だ解明されていない。なぜならアースキン博士が殺され、スーパーソルジャー計画は頓挫。その後、幾人もの研究者が血清の研究を引き継いだもののついぞ僕のような失敗も、また成功にも至らなかったからだ。
「まったく……自分が倒れた原因も分かっていない状況でよく連中を擁護できるな」
呆れたようにスタークがぼやく。
スタークとは今回の任務でバディを組んでいた。任務は無事遂行したが、報告に戻った直後に立ちくらみがして、僕はそのまま立ち上がることができなくなってしまったのである。
「……原因は貧血だろう」
医師からそう診断されていた。僕の返答にスタークが苛立たしげにぴくりと眉を動かしたところで、僕たちの会話をそばで聞いていたバナーがフォローにまわった。
「正確には月経による貧血だね。それ自体は女性にとって珍しいことではないけれど、君の場合、血清を打って身体が変わってから初めての経験なんだろう? なにがきっかけで月経が始まったのか分かっていないんだ。ともかく安静にしていたほうがいいよ」
気遣うバナーの言葉には僕も素直に首肯できた。
たしかにこの身体は未だ未知数だ。見た目は細くしなやかだが、一般男性よりはるかに頑健でパワーがあり、また驚異的な治癒力を誇る。
そんな超人的な身体であるはずなのに、今は下腹部がしくしくと痛み、血が足らず意識が朦朧とするのだ。元々虚弱体質だったからこれまでも様々な病気を患ってきたけれど。そんな僕でもこの手の痛みと辛さははじめてだった。
とはいえ。こんな状況になった今でも、僕はアースキン博士達を責める気にはならなかった。むしろ感謝すらしている。平和な世界をつくりたい。そのために悪人に抗える力がほしい。彼らはそんな僕の願いを叶えてくれたのだから。
どんな姿であろうと、心が変わらなければするべきことも変わらない。だからたとえ女性の姿に変わろうとも、実験に志願したことに後悔はない。僕は本心からそう思っていた。
月経の苦しみはそれから五日間続いた。最後の二日は比較的症状が軽かったけれど、初めての経験だったこともあり、それなりに堪えた。
徐々に体を慣らそうとシールドの訓練室で軽めのトレーニングメニューをこなしていたら、ここ数日任務でニューヨークを離れていたロマノフがやってきて、
「お祝いに食事でもどう?」
と、挨拶をすっとばして唐突にそう誘ってきた。
「お祝い?」
なんのことだ、と手を止めると、
「大人の女性になったんでしょう?」
おめでとう。
微笑まれて、かっと顔が熱くなるのを感じた。
あらためて他人から指摘されると、なんとも居た堪れない気持ちになる。努めて女性の二次性徴的なものではなく、体調不良の要因の一つとして考えるようにしていたというのに。
身体は女性になったが、心は今も男のままだ。力と引き換えに女性になったことに後悔はないけれど、それでも女性として扱われることにはどうしたって抵抗があった。
「……僕はとっくに大人だ」
ようやくの思いでその一言を絞り出す。
このやりとりでトレーニングを続ける気はすっかりそがれてしまった。
しかたがないと後片付けを始めると、
「大人なら息抜きの仕方も知ってるわよね? 任務以外の日に体を休める必要があることも?」
ロマノフがずいと距離を詰め、探るような視線を向けてきた。
彼女の言いたいことはわかっている。現代で目覚めてからろくに休暇を取っていないことを暗に責めているのだろう。なにかと僕に構いたがる彼女のことだから、今回の一件を受けてもう少し安静にしていてほしいのかもしれない。しかし。
「……仕事熱心なのは君もだろ?」
「私は週末の過ごし方を心得てるから」
よかったら良い人を紹介しましょうか? と提案され、反射的に溜息を吐いた。最近の彼女は二言目にはこれだ。どうしても僕に「現代のお友達」をつくらせたいらしい。その煩わしさに、
「紹介してくれる人は女性か? それとも男性?」
と皮肉でもって返してみたが、
「貴方が望むなら、どちらでも」
ロマノフは表情を崩さなかった。反撃の効果がみられなかったことが悔しくて、
「あいにくだが、僕はどちらも望んでないよ」
つい突き放す言い方をしてしまった。
ひと月後。再びそれはやってきた。
毎月訪れるものだということを知ってはいたけれど。もしかしたらもう二度と来ないかもしれないとどこかで期待していた僕は、どろりとした赤を見て肩を落とした。
血は戦場で嫌というほど目にしてきたが、この赤は慣れない。未だに自身の身体をまっすぐに見つめることすらできないのだから、今後も慣れることはないように思える。
生臭いにおいに吐き気をおぼえ、僕は逃げるように個室をあとにした。
「こんなところで何をしているんだ」
家にいても落ち着かず、かと言って貧血のため遠出も難しく。しかたなしに近くの公園のベンチで休んでいたら、声をかけられた。スタークだった。
「君こそどうしてここへ?」
高級そうなスーツをピシリと着込んだ彼は、公園内では浮いて見えた。もっとも、彼はどこにいても目立つ存在だったが。
「会議が思っていたよりスムーズに終わったんでね。息抜きだ」
あんたは? と振られ「今日は非番なんだ」と答える。
公園にいる理由にはなっていなかったが、特にスタークは気にした様子もなく、
「公園でぼんやり座ってるなんて、まるで老人の見本のような休日の過ごし方だな」
といつもの調子で軽口を叩いた。
僕が肩をすくめて「実際、僕は95歳だよ」と自嘲気味に笑うと、
「見た目が若いんだから、もう少しそれらしく振舞ったらどうだ」
言いながらスタークは僕の隣に無遠慮に腰を下ろした。
「残念ながら現代の若者がどうやって休日を過ごしているか知らないからな」
「そいつはもったいない。あんたなら同じ年頃の若者が集まるところへ行けばさぞモテるだろうに」
オススメの店を教えてやろうか、と言われた瞬間。体が強張った。
スタークに悪気がないことはわかっている。いつもであれば聞き流せただろう。
だが今は。嫌でも女性であることを自覚させられる今の時期だけは。
僕を女性として扱う言葉を耳にしたくなかった。
「……悪いが興味ない」
おもむろに立ち上がる。
と、スタークは少し慌てた様子で「待て。どこへ行くんだ」と僕を引き止めた。
「どこだって君には関係ないだろう」
「なんだ? なにを怒ってる?」
「怒ってなんかいない」
「怒ってるやつは大抵そうやって認めないんだ」
「なら怒っていると認めればこの手を離してくれるのか?」
掴まれた腕を視線で示せば、スタークは今気が付いたという顔をしてパッと手を離した。
どうやら彼も無意識だったらしい。珍しく素直に「悪かった」と謝ってきたものだから、こちらも調子が狂った。
少し冷静になり、それから感情的な態度をとってしまったことに対する羞恥心がどっと胸の内に押し寄せる。
わかっている。今のは僕が悪い。あれではただの八つ当たりだ。だけど。
「……どうして君もロマノフも、僕に構いたがるんだ」
口をついて言葉が溢れた。
それが二人の優しさだということは理解している。だが僕には不要だ。なぜなら血清を打ったその日から、僕の覚悟は決まっているのだから。
「僕はふつうの生活が送れないし、送ろうとも思っていない。だから」
放っておいてくれ。
続けようとした言葉はスタークに遮られた。
「あんたの言うふつうの生活ってなんだ?」
「……え?」
「アベンジャーズにふつうの人間はいない。そうだよな? 私はアイアンマンだし、他にもスパイや、緑の大男に変身するやつ、神様もどきまでいる。悪いが、特別な人生ドラマがあるのはあんただけじゃないんだ」
「僕はべつに……」
「そして。誰しもヒーロー以外の時間がある。あんたの言うふつうの生活を送る時間がね。みんなそれなりに好き勝手過ごしている。たとえば……ソー。あいつなんて宇宙人のくせに地球人の恋人がいるらしいぞ」
まあもともと規格外の奴だからふつうの生活と言って良いのか分からないけどな。と、ボヤいたあと、スタークは何かひらめいたように「もしかして」と呟き、
「あんた、恋人をつくるように勧められるのが嫌なのか?」
と尋ねてきた。彼の大きな瞳に真っ直ぐ見つめられ思わずたじろいだが、素直に頷く代わりに「……だから断ったじゃないか」と小さく返す。
「良い人を紹介したいとか、モテる店を教えるとか。僕はそういうものを求めていないんだ」
「恋愛に興味がないから?」
「それもあるが……分かるだろう? 僕の身体が特殊なことは」
僕の心と身体はちぐはぐだ。女性からは恋愛対象として見られないし、男からは好奇の目で見られる。「国債売りのティンカーベル」と呼ばれていた時のことは思い出したくもない。あんな思いをするのは二度とごめんだ。
「最近は女性が女性を好きになることも……」
言いかけたスタークを睨みで制止した。僕がいま伝えたいのはそういうことじゃない。
わかったよ、というようにスタークは両手を小さく挙げて降参を示したあと、
「だったら恋愛以外の交際はどうだ?」
さらりと新たな提案をしてきた。
「……恋愛以外の交際?」
聞き返すと、彼は「たとえば……」と気取った調子で言葉を少しためてから、
「私とこれから食事に出掛けるとか」
悪戯っぽい視線を僕に投げてよこしてきた。
「食事? 君と僕が?」
どうして、と疑問を口にする前に、
「思えばあんたとプライベートで出掛けたことは無かったからな。仲間としてではなく、友人として誘ってるんだ」
そういう付き合い方もあるだろう? と言って、彼は手を差し出してきた。
差し出された手を見つめながら、素直に、考えもしなかったなと思った。ニューヨークの戦いを通して、彼を仲間としては受け入れていたけれど。彼と友人になるというのは。不思議と考えたことがなかった。
トニー・スタークは僕とはまるでちがった感性と価値観を持っている。意見が衝突することも多い。
しかしだからこそ、興味が湧いた。
彼との友情がいったいどんなものになるのか。
「……ドレスコードの無いレストランを頼むよ」
気付けば、先程まで胸中を占めていたドロドロした感情は消え、吐き気と頭痛が僅かに和らいでいた。
代わりに訪れたのは、清々しい期待感。
僕は自分の胸が高鳴っているのを感じながら、彼の差し出す手を取り、微笑んだ。
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