【トニキャプ】TIMELESS SLEEP

※MCUの世界線で、ヒドラキャップ

※もしもフューリーではなく、ピアースたちに目覚めさせられていたら…のIF。

作品としてはこちらで完結してるつもりですが、1/26ムパラにて、キャップ視点の書き下ろしにバッキーとの小話を添えて発行しました。



 海中深くに設立されたラフト刑務所。凶悪犯罪者を収容する脱獄不可能なその施設に、彼はいた。全身拘束されて自由を制限されていながら唯一拘束を解かれた口元で微笑み、僕を迎えたのである。

「やあ、トニー」

 出会った頃を彷彿させるその朗かな笑みに、きゅっと心臓が締めつけられた。

 真っ白な囚人服に身を包み囚われた彼は、明らかに犯罪者だ。それも第一級の。しかし僕は未だその現実を受け入れられないでいた。

 どうして、なぜ。意味をなさない言葉が口から溢れては消えていく。

 だって彼は。

「あんたはっ……! この国の希望だった! 誰もが憧れるヒーローだったんだぞ!?」

 幼少期。僕は父から繰り返し彼の英雄譚を聞かされて育った。仕事ばかりで家庭を顧みなかった父が、目の前の男のことを語る時だけは瞳を輝かせていたのである。年を重ねて素直さを失ってもなお、自身の根底にはたしかなヒーロー像として彼がいた。

 なにより。出会った時のあの純朴な青年が、僕にヒーローとはかくあるべきかを示してくれたあの若者が。虚構だったと思いたくなかった。

「……僕も、君にそんな顔をさせたくはなかったよ」

 彼の凛々しい眉が悲痛に歪む。まるで彼自身も苦しんでいるかのように。それを隠そうと口元だけは必死で笑おうとしているものだから、ひどく歪だ。

 しかし彼が表情を変えることはなかった。



 彼と出会ったのは、ニューヨークの戦いから三か月程経った頃。グランドセントラル駅前のカフェで前を並ぶ彼が会計に手間取っているのを見かね、僕のほうから声をかけたことが全ての始まりだった。

 ハッピーと通話をしながら並んでいたので、彼と店員のやりとりを頭から聞いていたわけではない。だが彼が大事そうに古びたドル札を握りしめているのが視界に映り、経緯は察しがついた。

「おい、君。ここは現金精算不可だ。クレジットか電子マネーは?」

「あ、ええと……持ってない」

「なら、ここのコーヒーは諦めるんだな」

 キャッシュレス化の進んだ現代。偽札対策として現金での会計を受け付けない店が増えているのだと説明すると、彼はようやく差し出したお札を受け取ってもらえなかった理由に合点がいったとみえて「そうか」と頷き、おとなしくレジを離れた。

 紺色のキャップ付きの帽子を目深にかぶり、黒ぶち眼鏡をかけた男の表情は窺えない。だが、レジに向けたその背中にははっきりと落胆の色が見てとれた。純朴そうな青年のその姿に胸を打たれた僕の両手には、気付けば二つのコーヒーカップが仲良く並んでいた。

「ほら」

 店先でぼんやりと佇む青年に後ろから声をかけると、

「え?」

 彼はきょとんとした顔を僕に向けてきた。構わず、

「実は医者からカフェインを控えるように言われてたのをすっかり忘れていてね」

 と言ってコーヒーのカップを差し出す。

「でも……」

「私を助けると思って、受け取ってくれ」

 そう上目遣いに訴えると、ようやく彼はおずおずと僕の差し出したカップを受け取った。そうして遠慮がちに微笑み、

「ありがとう。代金は今度払う。今、持ち合わせがこれしかないんだ」

 と手の中の100ドル札を見せてきた。よくみると、随分と前に発行された旧札だ。これでは利用できるところがさらに限られてしまうだろう。

 もとより彼に代金を請求するつもりはなかった。が、ふいに、これをきっかけに彼とまた会えるのではないかという考えがよぎった。

 何故そんなことを思ったのか自分でも分からない。相手が僕好みの美女ならともかく。目の前に立つのは、僕の理想からかけ離れた人物。帽子に黒縁メガネの野暮ったい見た目に加え、地味な見た目のわりにはがたいの良い長身の男だというのに。

 もしかしたら脳が無意識のうちに、ふだんあまり関わらないタイプの人間と接することで、あの忌々しい宇宙の脅威に関する悪夢から気を紛らわそうとしていたのかもしれない。なんにしろ考えたところで結論は出ず、どう返事を返すのがスマートだろうかと迷っていたところで。男は、「あっ」と声を上げて、

「すまない。迎えが来てしまった」

 それじゃあまた、と手を振り、あっさりと去ってしまったのである。呼び止める間すら与えてもらえなかった。彼は名乗らず、当然、代金を支払う日時の約束もなし。あとには悶々とした気持ちを抱いた僕だけが残った。

 彼との二度目の邂逅はおよそ二ヶ月後。同じカフェだった。この店に来ればまた会えるかもしれないと淡い期待を抱き、通りかかるたび気にかけてきた甲斐があったというものだ。

 オープンテラスに腰掛け、スケッチブックに何かを描き込んでいる彼を見かけ、慌てて車を停車してもらった。不満そうなハッピーを宥めすかして車を降り、さり気なさを装って彼に近付く。

「なにを描いているんだ?」

 正面から覗き込んで問いかけると、彼はぱっと顔を上げた。

「やあ」

 どうやら彼も僕のことを覚えていてくれたらしい。にこやかに微笑み、つい今し方描いていたスケッチを僕に見せてくれた。そこには「A」の文字だけ残されたスタークタワーの姿があって。一枚めくると前のページにも、その前のページにも、スタークタワーが描かれていた。

「なんだって君は……」

「見ていて良いよ。少し待ってて」

 彼はそう言って立ち上がると、店内へと入って行った。しばらくして戻ってきた彼の手にはコーヒーカップが2つ。

「買えるようになったのか」

 思わず頬が緩む。

「いつか君とまた会えたらお返しをしようと思っていたんだ」

 会えて良かった。素直に再会を喜ばれ、僕の胸の内が小さく弾んだ。なんだこの感覚は。知っているがここは知らないふりをしておきたい。そんな感情。振り払うように、僕は受け取ったコーヒーに口を付け、

「どうしてまた、あのタワーばかり描いてるんだ?」

 と尋ねると、

「……何故だろう」

 彼はしずかに僕の向かいの席に腰掛けながら、ぽつりと呟いた。まるでこれまで自分の描いてきたものを今初めて知ったとでもいうような呟きだった。

「はじめは醜い建物だと思っていたのに」

「は?」

「アイアンマンというヒーローについて知りたいと思うたび、自然と筆が動くんだ」

 そう言って、彼はタワーを見上げた。

「【A】の文字だけ残ったのが良かったのかもしれない。以前のはどこか……」

「自己顕示欲が丸出しだったって?」

 それはどうも。皮肉に笑むと、彼は小さく「あ」と声を上げた。そうして、しまったという顔をしたのを僕は見逃さなかった。彼は僕が誰かを知っている。その証拠に、

「ところで、私が誰かは知っているかな?」

 追い詰めるように問えば、彼は面白いくらい萎縮してみせた。

「ええと、今のは君を蔑む意図はなくて……」

「気にするな。慣れてる。私の芸術的感性を理解できる人間は少ないからな」

 肩を竦めて見せたところで、ようやく僕が本気で怒っているわけではないことが伝わったようで、

「……トニー・スターク。うん、僕は君を知っている」

 彼は小さくはにかみ、

「会ってみたいと思っていたんだ。まさか本当に会えるとは思わなかったけど」

 と照れ臭そうに呟いた。

 今度は僕が硬直する番となった。会いたかっただと。いや、僕に会いたいという人間はごまんといる。珍しいことではない。が、この男からの言葉はなぜか特別なもののように思えた。

「君がミサイルを抱えて宇宙へ行くところを見たよ。とても勇敢だった」

 その時の光景を思い出すかのように彼は空を見上げ、それからまっすぐ僕を見つめてきた。まぶしいほどの笑顔がぶつかる。あまりの純粋な輝きに、僕は彼を直視することができず、反射的に視線を外した。

 ニューヨークの戦いの日。ワームホールの先で見た光景を僕は未だに忘れられない。恐ろしいものだった。宇宙は広大で、自分がちっぽけなものに思えて。運良く奴らの艦隊にミサイルをぶつけ、ワームホールを閉じることで追い払えたものの、奴らは下っ端に過ぎない。背後にもっと強大ななにかを垣間見たのだ。連中はきっとまた地球を襲ってくる。しかしいま、地球にいる僕らはひどく無力だ。だからいつかくる宇宙からの脅威に備え、世界中を武装しなければ。僕がやらないと。僕だけが今のままではダメだということを知っているのだから。僕が。

「だが君は一人じゃないだろう?」

 はっと顔を上げると、青年と目が合った。

「君には仲間がいる。一人では歯が立たない相手とも仲間と一緒なら戦えるはずだ。ニューヨークの戦いの時もそうだっただろう?」

「……えらく楽観的だな」

「僕もヒーローとしての君を見るまではそうと思えなかった。けれど、今はそうだと胸を張って言える」

 君のようなヒーローがこの時代にいることが分かって良かった。

 独り言のような小さな呟きをこぼすと、彼は立ち上がった。

 ああ、行ってしまう。反射的に僕は、

「なあ、君! 名前は?」

 と彼の背中に問いかけた。彼は軽やかに振り返り、

「スティーブだ」

 と答えた。

 次に彼と、スティーブと会うことがあったら、今度はきちんと約束を取り付けようと心に決めていた。いい加減、カフェの前を通りかかるたびやきもきするのには疲れた。名前を聞くことができたのだから、次は連絡先を聞き、自然に約束を取り付ける。全く、こんなことに手間取るとは。プレイボーイが聞いて呆れるな、と独りごちた。

 彼と出会ってから、悪夢を見る回数が減った。以前より睡眠の質が上がり、ニューヨークの戦いのあとしばらく続いたスーツ依存症もだいぶ落ち着いた。地球全体にスーツを配備して武装する計画も少し見直そうか、などということを考えていたら。

 ひと月ぶりにスティーブと会った。この日も彼はカフェのオープンテラスで絵を描いていた。またタワーの絵を描いているのだろうか、と後ろから覗き込んだところ、

「……それ、僕か?」

 画面の中にはサングラスをかけ、足を組んでカフェの椅子に座る僕の姿が描かれていた。

 よほど集中していたとみえて、僕の声に彼はびくりと肩を震わせて反応し、

「驚いた……急に声をかけないでくれ」

 と見上げてきた。

 だが僕のほうはそれどころではない。彼が僕の絵を描いていたのである。あの彼が。

 動揺を悟られぬよう、

「絵にするほど僕のことが気に入ったのか?」

 からかうように尋ねて、彼の向かいの席につく。すると、

「ああ。君のことを考えているうち、ペンが自然に動いていた」

 などと至極まじめな顔で返してくるのだから、危うく椅子からずり落ちそうになってしまった。

 さらさらとペンを動かすスティーブを見つめていると、心臓が壊れたかのように高鳴る。ああ、もうこうなったら認めよう。認めるしかない。僕はいま、この男に強く惹かれている。

「なあ、スティーブ。君はいつ休みなんだ? もしよかったらここ以外でも会ってくれないか?」

 男相手にまさかと自分でも信じられず、ここまで遠慮してきた。だが女性相手であればそれなりに経験はある。まず軽くモーションをかけ、手始めに連絡先を聞き出す。それから少しずつコミュニケーションをとり、徐々に距離をつめていく。

 そうやって脳内でシミュレーションしている僕の向かいで、スティーブは返答に悩むようにしばし押し黙っていた。ようやく「そうだな」と頷いたかと思うと、おもむろに彼は自身のスマートフォンに手を伸ばし、次の瞬間、ぐしゃりと握り潰した。何をって、スマートフォンを、だ。衝撃で飛び散ったスマートフォンの残骸がテーブルの上に散らばり、パラパラと乾いた音を立てる。それは紙コップを潰すかのような軽い動作だった。

「は……」

 信じられない光景を目の当たりにした僕が声にならない息を漏らし、先程までスマートフォンだったモノを見つめていると、

「僕も、君と行ってみたいところがあるんだ。トニーさえよければ、このあとどうかな?」

 頬を少し赤らめ、とてもたった今スマートフォンを握り潰した男とは思えない表情で、彼は僕を誘ってきた。僕はこくこくと無言で頷いて、彼に従った。

 

 アムトラックに揺られること三時間。スティーブに連れられ、やってきたのはワシントンD.C.にあるスミソニアン博物館だった。子どもの頃何度か訪れたことがあるが、大人になってからは初めてだ。

 どうしてまたスティーブはこんなところへ僕を連れてきたのか。尋ねる間もなく、企画展示のエリアへと歩みを進める彼の後に続いた。

 このエリアは一定期間、キャプテン・アメリカの特設展示を行っているようだった。キャプテン・アメリカといえば第二次大戦期に活躍したヒーローで、いまだ根強い人気を誇っている。僕のように親からさんざん聞かされて育った者も多いのだろう。もっとも、僕の場合はまた立場が特殊だったが。

 そうこうするうちに、僕の親父に関するコーナーへとたどり着いた。

「ハワード・スターク」

 紹介文を読み上げ、ちらりと僕に視線をよこすスティーブに頷いて応える。そう、僕の父親はキャプテン・アメリカの旧知の人物として、博物館の一角で紹介されていたのである。

 パネルの中の二十そこそこの親父がこちらに向かって微笑みかけてくる。我が父ながら腹立つ程の色男だ。僕の知る彼はもう少し年を重ねていたが、この顔を見ていると、自然、親父の声がよみがえってくる。「さあ、今日はキャプテン・アメリカが誕生した日の話をしよう」と。

 長い反抗期もあったが、今は素直に言える。親父が語って聞かせてくれるその時間が好きだったと。

 なんだか感傷的な気持ちになってきた僕は、それをごまかすように、

「あんたがそれほど熱心なキャプテン・アメリカファンだとは思わなかったな」

 と横に立つスティーブに話を振った。彼はそれを受けて、周囲の展示をぐるりと見まわし、

「好き……そうだな。僕は彼のようにありたかった」

 と呟いた。

 自分で聞いておいて難だが、彼の返答に僕は少し腹を立てた。あんたが気になって仕方がないのはアイアンマンじゃなかったのか。

 けれど彼は僕のそんな態度の変化に気づかず、まっすぐ展示の中のキャプテン・アメリカを見つめていた。

「彼のようにいられたら、僕は君のそばで戦えただろうか」

 スティーブの口から溢れたその呟きの意味が分からず、「スティーブ?」と彼を伺い見ると、

「トニー」

 ふいに彼は僕の名を呼び、僕の胸へと何かを押し付けてきた。見ると、それは彼がいつも絵を描きこんでいるスケッチブックで。

「忘れるな。君は一人じゃない。アベンジャーズは君の仲間だ」

 ずいと顔を近づけてきた彼は耳元で囁いた。どういう意味だ。と尋ねる前に、すっと彼は僕から離れてしまう。

 どうも今日は彼の様子がおかしい。ここへ向かう時からずっと。なにかを考えこんでいるようで。それでいて行動に迷いがないのだ。

 おまけにここの展示を見ていると胸がざわつく。出会った時からうっすらと感じていたが。しかし、まさか。

 スティーブを見やると、彼は唇の前で人差し指を立ててみせた。それ以上何も言うなという合図。

「……待っ」

 呼び止めようとするも僕らの間にひと波が押し寄せてきて、彼はその中に埋没し、消えていった。

 残されたのは彼に渡されたスケッチブックだけ。パラパラとページをめくると、見覚えのあるスケッチがいくつもあった。スタークタワーと僕。けれど最後のページだけはスケッチではなく、文字が書かれており、思わず僕は手を止めた。

『シールドを信用するな』

 文字の下には、走り書きでどこかの座標を示す数字が書かれていた。

 スティーブと別れたあと、事態は大きく動いた。まず、フューリーが何者かに暗殺された。のちに一命を取り留めていることが発覚したが、いつになく動揺したナターシャをなだめるのは大変だった。

 誰が敵で誰が味方か。疑心暗鬼の渦の中で、僕はスティーブからの言葉だけをただひたすらに信じた。アベンジャーズは仲間だということ。そして、シールドを信用するなということ。

 フューリーやナターシャ、バートンらはシールドの一味だったため信用に値するか疑わしかったが、フューリーの暗殺を契機に、彼らもまたシールドに狙われる側なのだと確信が持てた。

 そうして発覚した、ヒドラの存在とインサイト計画。まさかの僕も関わっていた計画だ。知らぬ間に悪の片棒を担がされていたとは思いもしなかった。

 ヘリキャリアの停止をアベンジャーズの仲間たちに任せ、僕はスティーブのスケッチブックに記されていた座標へと向かった。

 東欧の小さな国、ソコヴィア。どうやらそこにヒドラの基地があるらしい。なぜ、この座標をスティーブが知っていたのか。全く、こういう時の嫌な予感というものはひどく当たる。

「……スティーブ」

 基地の最深部で一人佇む男に声をかけた。どうかスティーブ以外の誰かであって欲しい。そんな僕の願いも虚しく、彼はしずかに振り返った。

「トニー」

「あんた、まさか……」

「よかった。君が来てくれて」

 捕まるなら、君がよかった。

 スティーブは一切抵抗することなく、投降した。

 僕が街のカフェで出会った男は、第二次大戦の英雄であるキャプテン・アメリカにして、世界的な犯罪組織、ヒドラの幹部だったのである。

 捕えられたスティーブはすべてを語った。ヒドラ構成員の名前、世界中に点在する基地の所在、ヒドラが、そして彼自身が犯した罪を洗いざらいすべてを。

「……ヒドラの洗脳によるものだ。あんたの意思じゃないだろう」

 そうだと言ってくれ。すがるように彼を捕らえた檻の格子を握りしめたが、スティーブは静かに首を横に振ってみせた。

「僕はたしかに失望したんだ。この国に。自分が正義だと信じていたものに。その時、ヒドラの野望に僕自身の理想を重ねたのは事実だ。だから裁きを受ける」

 彼は一切、減刑を求めなかった。

 唯一懇願したのは、彼とともに捕えられた彼の親友、バーンズのことだけだ。バーンズは、スティーブが目覚めるまでウィンターソルジャーとして暗躍していた。僕の両親に直接手を下したのが奴であることも判明している。しかし。

「バッキーは重度の洗脳状態にあった。今もそうだ。僕とちがい、そこに彼の意思はない。どうか彼の洗脳を解いてやってほしい」

 ヒドラの幹部として、作戦実行時の司令塔として動いていた男がそう釈明したことで、政府関係者は現在揉めに揉めている。もっとも、ヒドラの影響が各国政府機関の中枢にまで及んでいたことが発覚した今、彼らの処遇の前に問題は山積みだったが。

「……これまで各国との交流を控え半鎖国状態にあったワカンダが、今回のスキャンダルを受けてその門戸を開いた。発展途上国だと聞いていたが、どうやら独自に科学や医療技術を発展させてきた国らしい。あんたを含め、ヒドラの洗脳被害を受けていた連中の治療に名乗り出てくれた」

 ちらと見やれば、スティーブは視線で語りかけてきた。自分は良い、バーンズだけは助けてやってほしいという。

 僕はぎりと奥歯を噛み締めた。どうしようもない虚脱感に襲われる僕に、「トニー」と彼から声がかけられる。

 わずかに顔を上げると、僕を愛しむようなスティーブの視線とぶつかった。

「トニー。君がいたから僕は目を覚ますことが出来た。ヒドラの掲げる理想が偽りのものだと気付くことが出来たんだ。あの日、君がニューヨークを救ってくれた日。君は僕のヒーローだった」

 彼は笑っていた。

「僕は罪を償う。この命をかけて。だが、もしこの先の人生で君が僕を必要とする時があれば」

 言ってくれ。僕はいつでも君の助けになる。

 

 それは一点の曇りもない、晴れやかな笑顔だった。


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