【トニキャプ】Dear my…

一年後のトニーから話しかけられた、AoU直後のスティーブの話。

※『九月の恋と出会うまで』という小説のオマージュです

こちら完結してますが、書き下ろしを添えて本にしてます。



 はじめは、ジョークだと思った。もともと、ところ構わず軽口をたたく男だったので不思議はない。

 次に、彼のつくった新しい人工知能の仕業ではないかと疑った。すでにジャーヴィスの後任はフライデーが務めていたけれど、ウルトロンの一件があったばかりだ。彼の生み出したAIが、またもや暴走した可能性がある。

 そうでなければ説明がつかなかったのだ。

 僕以外誰もいないトレーニングルームに、突如として響いたトニーの声が、

『僕はいま、一年後の未来からきみに話しかけているんだ』

 などと告げてきたのだから。


『……ィーブ。……スティーブ』

 かすかな呼び声に気付き、サンドバックへ打ち込む拳を止めた。

 周囲を見まわしても、鏡に映った自分の姿以外に人影はない。このトレーニングルームは僕が専用で使わせてもらっている。他の者が立ち寄ることはめったにない。時折ナターシャが顔を出すこともあったけれど、フューリーに呼び出された彼女は今頃、新生シールドの立て直しを手伝っているはずだ。数日は戻らない予定だとも聞いていた。それにこの声はどう聞いてもナターシャの声ではない。この声は。

「トニーか?」

 どこから発せられているのか、くぐもっていて判然としない声だ。確証を得られぬまま尋ねると、声の主が息をのむのが気配でわかった。

『スティーブ……僕の声が聞こえているのか?』

 トニ―の声だと思ったけれど、いつになく慎重な話しぶりが少し引っかかる。

「ああ、聞こえてる。どうした? 新しい無線のテストか?」

 ジャーヴィスとの会話もそうだったけれど、どうも僕は姿の見えない相手との会話が苦手だ。視線をどこに合わせれば良いのか分からず、わずかにさまよわせながら尋ねると、

『……そちらはいま、2015年か?』

 彼は僕の質問に答えないまま、奇妙な問いかけを寄越してきた。

「そうだが……トニー、どこから連絡して来ているんだ?」

 時差のある場所から連絡してきたとしても、ズレるのはせいぜい一日程度。年を跨ぐ程の時差などありえない。また、彼に限って今年の西暦を忘れたとも考えづらかった。何十年も眠っていた僕ならともかく。相手はあのトニー・スタークなのだから。

『スティーブ。頭の堅いきみには受け入れ難い事実かもしれないが、聞いてほしい』

「なんだ」

 またも彼は僕の質問を無視した。おまけにこの人を小馬鹿にした物言い。

 やはりこの声の主はスタークだ、と確信したその時。

『僕はいま一年後の未来から、きみに話しかけているんだ』

 衝撃的な告白をしてきた。

「…………は?」

 なにを言ってるんだと思った。

「なにを言ってるんだ?」

 実際そのまま問いかけた。

 はあ、と呆れた様子のため息が返ってくる。

『……もう一度だけ言うぞ。僕は未来から、きみに話しかけている』

「未来」

『そうだ。一年後の、2016年から』

 トニー流ジョークか、はたまたAIの暴走か。追及しようとした僕の言葉は、

『すまないスティーブ。きみが納得するまで事細かな説明をしてやりたいが、今は時間がない』

 というトニーの急いた声に遮られた。

『地球の自転による、うるう秒のズレについては知っているよな? おそらくその影響で生じた偶発的な時空のねじれにより、僕たちはいま会話ができているんだ。だが、その繋がりも長くは持たない。おそらく短く断続的な結合を繰り返したあと、永遠に離れてしまうだろう』

 彼の説明は、到底、僕の理解できるものではなかった。

 しかし時間がないというのは事実なようだ。忙しない口調に、どこか必死さが滲んでいる。

 これは本当にトニー・スタークなのだろうか、と再び疑念が過ぎる。だって、僕の知る彼は。

『頼みがある』

 こんな震えた声で。

『きみにしか頼めないことだ』

 このように頼みごとをする男ではなかったから。

 僕は続く言葉を想像して、彼は覚悟を決めるように、揃ってごくりと唾を飲み込んだ。そうして告げられた依頼内容は、

『僕を尾行してほしい』

 まったく予期せぬものだった。

「どういう、ことだ?」

『……今のはさすがに言葉が足らなかったな。要するに、きみのいる時間、2015年の僕を尾行し、今きみに話しかけている2016年のこの僕に報告してほしいんだ』

 ずいぶんとややこしい話だ。未来のトニーの頼みで、今のトニーを尾行して、その結果を未来のトニーに報告しろだなんて。

 どうにか流れを掴めたところで、次に湧いてくるのは当然、

「なんのために?」

 という疑問だ。しかし。

『言っただろう。説明している時間はないんだ。明日から三日間、僕を尾行してくれ。ああ、くれぐれも気付かれないようにな。今日、僕の声がきみに届いた時刻が21時だから、連絡を取るのは明日の同じ時間に……』

「おい、待ってくれ!」

 矢継ぎ早に告げられる言葉をなんとか遮った。

 この強引さ、尊大な態度。やはりこの声の主はスタークにちがいない。

「僕は理由も分からないまま引き受けるつもりはないぞ」

『説明したところで、理解などしてもらえないさ』

 諦めたような冷めた物言いが鋭く響く。

 一瞬、ウルトロンを生み出した時のトニーの表情が頭を過ぎった。僕の知るトニーは、チームを頼りたがらない。いつも一人で立ち向かおうとするのだ。一人では解決できないこともあるというのに。

「……なにか問題を抱えているのか?」

 もしかして、2015年のトニーがこれからなにかの事件に巻き込まれる、もしくはなにかの事件を引き起こすのではないだろうか。僕に話しかけてきたこの未来のトニーは、自分で自分の後始末をするため、僕に協力を仰いでいるのでは。

 さまざまな不安が次々に湧いてきたのだけれど、

『……今、きみに答えられることはない』

 彼はなにも教えてくれなかった。

 一晩悩んだ末、僕はくだんの声に従い、トニーを尾行することにした。

 何事もないなら、それで良い。手の込んだトニーのジョークという線もまだ捨てきれていなかったから。

 しかし万一に備えて――僕は、パークアベニューに姿を現したトニーのあとを、十数メートルうしろからゆっくりと尾けた。

『どうだった?』

 21時ちょうど。再びあの声がトレーニングルームに響いた。

 なにかを期待しているような、少し弾んだ声だった。

「特に問題はなかった」

 簡潔に答える。言葉の通り、トニーに不審な行動は見られなかった。

 昨夜、マリブの邸宅ではなくニューヨークのスタークタワーで過ごしたらしい彼は、タワーを出たあとファストフード店に立ち寄りバーガーを購入。そのままセントラルパークのベンチでそれを頬張ると、しばらく園内を散歩したのち、再びタワーへと帰って行った。時間にして二時間弱。怪しいところに立ち寄る様子も見られなかったし、ずっと見守っていたから見逃しはないはずだ。しかし。

『そういうことが聞きたいんじゃない』

 途端、不機嫌そうに呻く声が返ってきた。

『なにか他にないのか? あんたが気がついたこととか』

 無茶な要求だと思った。もともと『タワーから出てきて、また戻るまでを尾行しろ。大丈夫、二時間もかからないさ』という簡潔な指示だったのだ。

 てっきりその間にどこか秘密の研究施設へ立ち寄るとか、違法な店でなにかを購入するとか。そういった具体的な現場が抑えられると思っていたのに。物騒な出来事はなにひとつなく、ただ公園で息抜きをするトニーを観察していただけなのだから。報告できるところを探すほうが難しい。

 けれど、あまりにしつこく追及してくるので、

「きみは……チーズバーガーを食べてた」

 絞りだして答えた。もっともそれは、答えとも呼べない、ただの情景描写だったわけだが、意外にもトニーは食いついてきた。

『それで』

「それで……美味しそうだと思ったよ。僕は食べたことがないけれど、夢中で頬張っているきみを見ていたら少し、食べてみたくなった」

 思えば。僕は昔から食に関心が薄かった。70年眠ったあとは特に。血清の影響で食事量は多いけれど、空腹に対して機械的に食事を摂るだけで食自体を楽しんだことはない。

『そうか』

 心なしか弾む声が耳に届き、はっと意識を引き戻される。

『引き続き、明日も頼む』

 いつの間にか彼の機嫌はなおっていた。

 翌日の尾行も代わり映えはしなかった。昨日と同じく、昼少し過ぎにタワーから出てきたトニーが店に立ち寄り、昼食を購入。公園のベンチでジョギングする人を眺めながら食事をする。どうやらこれが彼のルーティンのようだ。

 昨日と変わったことがあるとすれば、購入したのがバーガーからドーナツになったことくらいか。たっぷりの砂糖でコーティングされた大ぶりのドーナツを昼食と呼べるのかは疑問だが、豪快に頬張るトニーを眺めていたら、些細なことはどうでもよくなった。

 相変わらず美味しそうに食事をする男だ。お世辞にも品が良いとはいえないし、仮にもセレブでありながら優美さを微塵も感じさせない食べ方だけれど。見ていて気持ちが良い。

 気付くと僕はスケッチブックを取り出し、紙面に鉛筆を走らせていた。

 対象をじっくりと観察し、丹念に描きこむ。

 絵に描きおこそうとすると、ただ眺めていた時には気付かなかった細かなところも目につくものだ。

 たとえば、頬の剃り残しの髭。目の下に薄っすら浮かんだクマ。睡眠をあまりとっていないのだろうか。以前より少しやつれたように見える。

 いくつもあったドーナツをすべて食べ終えたトニーが、ゆっくりと立ち上がった。慌ててスケッチブックをしまい、タワーへと戻っていくトニーの背中を追いかけながら、ふと我に返る。

 僕はいったい何をしているのだろう。

 言われるままに始めた尾行だが、未だ僕はその目的を聞かされていない。話に乗ったのはトニーが心配だったから……といえば聞こえが良いが、それはつまり、彼の監視がしたかったからということではないか。ヒーロー活動を休止して、のんびりと自分の時間を過ごしている彼を。

 途端にどっと罪悪感が襲ってきた。

 いくら未来のトニーが、『依頼主がほかでもない僕自身なのだから気にすることはない』と言ってきていたとしても。相手はこれから起こることなど何も知らない現在のトニーなのだ。

頑として断るべきだった。

 強い後悔に苛まれた僕は、今夜きっぱりと断ろうと心に決め、あの声に呼びかけられるのを待つことにした。

 21時。きっかり同じ時間に、すっかり聞き馴染んだ声が響く。

『今日はどうだった?』

 問いかけに応じて、まずは昨日と同じように簡潔に答える。トニーがドーナツを食べていたこと。その様子をスケッチしたこと。

『スケッチ……それはどんな?』

「どんな……言葉で説明するのは難しいが。きみは今日も美味しそうにドーナツをこう、両手で持って、思いきりかぶりついてたんだ。頬に砂糖が少しついてて、それが微笑ましくて……」

 声しか届かない相手にも伝わるように言葉を尽くして必死で説明していると、くつくつと笑う声が返ってきた。

『きみには僕がそういう風に見えていたんだな……』

「今の説明で伝わったか?」

『ああ。十分だ』

 この調子で明日も頼む。嬉しそうな声に、思わず頷きそうになる。

 けれど、胸の内に残ったままの罪悪感に背中を押され、

「そのことだが……僕はもう尾行をやめようと思う」

 と告げた。

 断りの言葉を口にしたことで、今度は未来のトニーに対して申し訳ない気持ちが生まれ、じくりと胸が痛む。

『やめるだと? なぜ?』

「なぜって……きみがなにも企んでいないとわかったからだ」

 なにもしていないなら尾行をする必要はないだろう。続けようとした言葉は、トニーに遮られた。

『あんた、まさか……僕がなにかしでかすと思ったから、尾行していたのか?』

 にわかに聞こえてくる声が低くなった。その変化に、失言であったことを自覚する。

 尾行の依頼をしてきたのはこの声の主だ。しかし彼からは未だ尾行の理由を聞いていない。

つまり、現在のトニーが何かするのを防ぎたいからだろうというのは……僕の勝手な憶測だったのだ。

『なるほど。あんたはウルトロンの時のように僕が問題を引き起こすんじゃないかとずっと疑っていたわけだ』

「……そうでなければ良いと思った。実際、そうではないと判断したから尾行を辞めたいと言ったんだ』

『あんたは僕を信用していないんだな』

「そうは言っていない」

『そういうことだろう? 見張りが必要だと思ったんだからな!』

「それは……きみが理由を話さないからだ。なぜ僕にきみを尾行させた?」

『言ったはずだ。説明してもあんたには理解できないと。思った通り、あんたはずっと僕を仲間と認めちゃいなかったんだ!』

 しだいに激しくなり、最後は叫ぶように言い放たれた。その声があまりに苦しそうで。僕はすぐさま否定してやりたくなった。

 トニーを仲間として認めていないわけでは決してない。僕はヒーローとしての彼をよく知っている。ニューヨークの戦いで単身ミサイルを抱えて宇宙へ向けて飛んでいったあの瞬間からずっと。トニー・スタークのことを人々のため鉄条網に身を投げられる男だと認めている。

 だが同時に、再びウルトロンのような存在を生み出すんじゃないかと危惧していたこともまた事実だった。

「……僕ときみは、考え方がまるでちがう。きみが思いつくことを、僕は何十年かかっても思いつかないだろう。だからたしかに今回、僕はきみを疑った。きみが僕の思いもよらぬことを考えつき、行動しているんじゃないかって」

『…………』

「だがそれはきみを仲間と認めていなかったからじゃない。僕がきみを……ヒーローとしてのきみを、信じていたからだ」

 ヒーローとしてのトニー・スタークは、いつだって地球の人々を守るため最善を尽くそうとする。ウルトロンだってそうだ。結果的に敵となってしまったが、発端は人々を守りたいという彼の思いから生まれた存在だった。

 僕は知っている。トニーの正義を。彼の正義感ゆえの行動が、時に彼一人では解決しきれない大きな問題にまで発展してしまうことを。

「だから尾行した……けど、それは間違っていたと今は思う。すまない。なにか証拠を掴んでいたならともかく、なんの確証もないままにきみを監視するなんて。あってはならないことをしてしまった」

 だからもう尾行を辞めたい。僕は気持ちのすべてを打ち明けた。

 静謐な空気が部屋を包む。しばらくして、

『……たとえばの話』

 トニーが静かに言葉を切り出した。

『たとえば、僕たちの信じる正義が違えたとして、それでも僕たちは友……仲間でいられると思うか?』

 不安の色を滲ませて震える声が、ぴりりと反響する。

 僕は今度こそ即答した。

「僕には僕の、きみにはきみの正義があるだろう。それは時に対立することがあるかもしれない。しかしだからといって、僕が認めたヒーローとしてのきみが揺らぐことはない。トニー。きみは僕の大切な仲間だ」

 ゆるやかな沈黙ののち、

『……そうか』

 と短い相槌が返ってきた。

 表情を伺うことはできない。だが僕の思いを彼が受け止めてくれたことだけはわかる。

『スティーブ』

 呼びかけに応じて顔を上げ、まっすぐに前を見た。そこに彼の姿が見えるわけではないけれど、しっかり彼と向き合いたい。心からそう思った。

『仲間として、もう一度頼みたい。明日だけで良いんだ。明日だけもう一度、僕を尾行してくれないか』

「……仲間であっても、理由は話せないのかい?」

 僕の問いかけに、迷うような沈黙が流れる。

『すまない……未来を変えないために、いま理由を伝えるべきではないと思う』

 嘘や誤魔化しは感じられない。その真摯な声に、僕は頷いて応えた。

「わかった。それなら理由はもう聞かない。明日だけで良いんだな?」

『……引き受けてくれるのか?』

 僕が引き受けると思わなかったらしい。少し間の抜けた声が響いたことで、にわかに口元が緩む。

「はじめから三日間の条件を出していただろう? それに、監視の目的だと思っていたから何もしていないトニーを尾行することに抵抗を感じたが、別の理由があるなら、あとは」

 トニーを信じるかどうかだ。

『……信じてくれるのか?』

 すがるような声に

「信じるよ」

 淀みなく答える。

『……ありがとう』

 深くたしかな感謝の言葉を耳にして、ふと、未来の僕らの関係性について思いを馳せた。

 僕の知るいまのトニーは、感謝を口にできない男だ。悪い男ではないが、素直でもない。そんな彼が一年で変わるのだろうか。いったい僕たちは、これからどんなふうに時を重ねるのだろう。

『あー、引き受けてくれるお礼にハグをしてやりたい気分なんだが、残念なことに物理的な距離が離れているからな』

 捻くれた物言いに、姿は見えずともトニー・スタークという男の姿が否が応でも頭に浮かぶ。

 思わず噴き出しそうになるのを堪えて続く言葉を待っていると、

『代わりに、マンハッタンで一番美味しいレストランをご馳走しよう。予約は一年後になってしまうが……』

「ふふ……構わないよ」

 堪えきれずに溢れる笑みをそのままに答える。

「楽しみにしてる。一年後に君が誘ってくれるのを」

『……ああ。必ず電話をするよ』

 未来からのトニーの声を聞いたのは、これが最後だった。

 翌日、約束通り決行した尾行は、しかし早々に打ち切ることになった。

 理由はターゲット、つまりトニーが、タワーから姿を現したと思うが早いかその場に倒れ伏したからだ。

 やむを得ず「本人に気づかれないように」という条件を反故にして、僕はトニーのもとへと駆け寄った。

 外敵からの急襲を想定して警戒しつつ、

「トニー! しっかりしろ、大丈夫か!?」

 と抱き起こすと、蒼白な顔と対面した。

 フライデーの診断の結果。寝不足による貧血で立ちくらみを起こしたということが判明した。

 思えば昨日の尾行の時から、やつれた印象を抱いていた。食欲は問題ないようだったため注視していなかったけれど。もっとはやく気付いてやればよかった。後悔の念に駆られながらベッドに伏すトニーを見守っていると、

「……どうしてあんたがここにいるんだ」

 ゆるやかにトニーが目を覚ました。

「きみが倒れるところを見かけて、タワーへ運び入れたんだ」

 彼はあたりを見まわし、そこがタワーの自室であることを確認すると、「そうか」と頷き、再び枕に頭を預けた。

「フライデーが寝不足が要因だろうと言っていたが、最近寝ていないのかい? ヒーローとしての活動は休止しているんだろう?」

「ああ、どうもワンダに頭をいじられてから夢見が悪くてね」

「それは……」

「分かっている。いまさら彼女を責めるつもりはないし、自力で解決するため研究を進めているところだ」

 その研究に熱中しすぎたことも要因だから自業自得だと、彼は会話を打ち切った。

「……あまり無理はするなよ」

 くたびれた様子のトニーを見かね、氷嚢を彼の額にのせる。ひとまず無事は確認できた。これ以上負担をかけないように帰ろうとしたところで、

「そういえば、どうしてあんたはタワーの前にいたんだ?」

 ふいに尋ねられた。

 返事はいくらでもしようがあった。グランドセントラル前の人通りの多さを考えれば、偶然歩いていたと告げても怪しまれることはない。

 けれど問うてきたトニーの声が、この数日、毎晩耳にしていた声と同じだったものだから。

「未来のきみから頼まれて、きみを尾行していたんだ」

 問われるまま素直に答えてしまった。

 答えてからはっとする。なにを言っているんだ。

「なにを言っているんだ?」

 案の定、怪訝そうに返された。しかしどう説明すれば彼が納得してくれるかわからないのだ。正直にすべてを話すか、それとも。

「くくっ……じいさん、いつの間にかずいぶんユーモアのセンスを磨いたようだな?」

 トニーの額の上で氷嚢が小刻みに揺れる。ちらりと覗く彼の口元は弧を描いていて。

 ああ、あの時、僕の話を聞いて笑っていた彼も、今のトニーのような表情をしていたのだろうかとここ数日を思い返していると、

「なんにしても、あんたに助けられたことにちがいはない。今度礼をしよう」

 なにか食べたいものはあるか? 

 聞かれた僕は思うままに、チーズバーガーとドーナツをオーダーしていた。



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