【トニキャプ】BTTFを地でいく話

MCU、EG時間軸。トニーが過去でもやしのスティーブと出会う話。

こちらでお話としては完結していますが、書下ろしを含めた本を発行しました。


 キャプテンアメリカはヒーローだった。ぼくが生まれた時にはすでに。彼の名と活躍を知らぬ者は、少なくともこの国にはいないだろうと思うほど著名な。ヒーローだった。

 では、彼をヒーローたらしめるものはなんだろうか。強靭な肉体? あらゆるものを防ぎ、どんな強敵をも打ち倒す盾? 

 いや、そんなものでヒーローになれるならば、特殊な力でもって人々を恐怖に陥れるヴィランだって当てはまってしまう。

 ぼくが思うに、キャプテンアメリカをヒーローたらしめているものは、その高潔な精神性だ。どんな困難に直面しても決して屈しない。弱音を吐かず、確固たる信念を持って立ち向かい続ける男。

 そうであるはずだったのに。

 ぼくは目の前にいる、吹けば飛んでしまいそうなほど細い身体の男を見下ろした。頬は病的にこけていて、とうに成人しているはずなのに少年のように弱々しい。

 かつて、キャプテンアメリカがキャプテンアメリカとなる前。ごく一般的なブルックリンの青年であった頃のスティーブ・ロジャースがいま描写した男のような容姿であったことはぼくだって知っている。博物館や父のアルバムの中でその姿を目にしたことだってある。

 だけど、ああ。いったいどうしてこうなった。

 ぼくは現実を受け入れられぬまま、力なく空を仰いだ。


 過去へ飛んでストーンを集め、サノスの野望を打ち砕く。そんなタイム泥棒作戦の決行中、ぼくらはひとつミスを犯した。いや、スコットに言わせればぼくのミスか。だけど、あそこで階段からハルクが現れるなんてまったく想定外だったし、その衝撃で飛んでいったスペースストーンをロキが横からかすめとって逃亡するだなんて誰に予想できただろう。さすがにこればっかりはぼく個人のミスとは言いきれないのではないか……という言い訳はこの際、脇においておこう。

 ともかくこの時のぼくはスコットから一方的にちくちくと責め立てられていて、ぼくのほうも反省より苛立ちが上回りそうになっていたのだ。そこにスティーブはやってきた。ぼくらの仲裁と現状確認を行い、軌道修正の道筋を探るために。

「無理だよ! ピム粒子はもう帰りのぶんのひとつしかない。スペースストーンをほかの時代まで取りに行ったらそれっきり。元の時代に戻れなくなっちまうんだから」

「だけど、ぼくらが諦めたら本当に終わってしまう」

 諦観を口にするスコットと、どんな苦境であっても打開策を探ろうとするキャプテン。ぼく自身、スティーブの姿勢を楽観的と評したこともあったが、なるほど。キャプテンアメリカが諦めない限り、解決の糸口は必ず見つかる。人にそう思わせる、勇気を与える説得力のようなものが彼にはあった。

だからいつだってぼくも諦めずに最後まで思考を巡らせ、閃きを得ることができるのだ。

「……ひとつだけある。スペースストーンとピム粒子の両方を同時に得る方法が」

 かつてスペースストーンを海の底で拾ったぼくの父と、ピム粒子の生みの親であるハンク・ピム。二人は一時期S.H.I.E.L.D.でともに働いていた。期間はそれほど長くない。ピム博士は創設メンバーにはいないし、遅くとも80年代後半には父と仲違いしてS.H.I.E.L.D.を辞めたはずだから。おまけにピム粒子の開発も済んでいなければならないとなると、それなりに研究を進めている時期……絞るなら、1970年。

「たしかか?」

 スティーブはぼくの意図を察し、尋ねてきた。特段、ぼくを責めるような口調だったわけではない。必要な確認であったこともわかる。少なくともピム粒子が得られなければその時点で終わりなのだから当たり前だ。

 しかし。なぜだかこのときのぼくにはどうしても詰問されているように感じられたのである。スコットにさんざん責め立てられたあとだったからかもしれないし、失敗したら全てが終わるという重いプレッシャーを感じていたからかもしれない。

 一度失った信頼を取り戻すのは難しい。シベリアでの別れの時のように、どうしたってスティーブがぼくを信じてくれることはない。そう思えてしまったから……。

「確証はない。だが、いまは他に手段もない。そうだろ? 最もきみにはぼくの言葉だけでは不安かもしれないが」

「トニー。ぼくはそんなつもりで……」

「わかってるさ。時間もないしな」

 ぼくはスティーブの言葉を聞き流し、相互確認を怠ってGPSを操作した。タイムトラベルは現実を崩壊しかねない危険な行為。ぜったいに同じ時間に飛ぶチームメンバー同士、操作をしっかりとチェックしあって互いを守るようにと取り決めていたはずなのに。

 GPSが誤作動を起こしたのは、きっと天罰にちがいない。

 気付くとぼくは古い街並の中に一人立っていた。目の前に広がるのは、まるで戦前映画のセットのような風景。だが行き交う人々の服装や街を走る自動車を見れば、ここが現代のニューヨークでないことは明らかだった。環境への配慮に欠けた排気ガスの臭いに顔をしかめつつ、周囲を見回すと、なにやらガラの悪い男が小柄な青年を路地裏に連れ込むところが視界の端に映った。

 ぼくはこの時代の人間ではないし、街角で起こる小さな喧嘩にいちいち構っているときでもない。けれど目に留めてしまった以上、見てみぬふりというのも……なんだか寝覚めが悪い。

 仕方なくふたりの跡をつけてみる。すると、ゴミ捨て場に放った青年に向けて一方的に拳を振るう男の後ろ姿を捉えた。

 ぼくは数メートル後ろの建物の影に身を潜め、しずかにナノテクで手元だけリパルサーを装着する。そうして強度を調整したリパルサーレイを男の拳めがけて軽く打ち込んだ。もちろん、生身の人間にあたっても撃ち抜くことはない程度に抑えて、だ。準空気銃程度の威力だが、まあお灸を据えるにはちょうど良いだろう。

 突然の攻撃に驚いた男は、慌てた様子で周囲を見回し、それからぼくの姿を捉えた。そのまま何事かわめきながら怒りに任せてこちらへ向かってくる。そこに、足へ向けてもう一発打ち込むと、男は衝撃で前のめりに転倒した。いよいよなにが起こっているのかわからなくなったのだろう。男は半狂乱のまま、転がるようにして逃げていった。

 

 さて、とひと息ついて、ゴミ溜めの中で仰向けに倒れる青年へ視線を向ける。そのまま助け起こそうと近づきかけたところで、ぼくは足を止めた。

 青年がゴミ箱の蓋を盾のように構えながらふらふらと自力で立ち上がったからではない。いや、それにより「助け起こす」必要がなくなったことはたしかだけれども。それよりなにより、その立ち姿が「彼」を彷彿させたのだ。

 

「スティーブ……」

 彼の名がぽろりと口から溢れた。

 折れそうなほど細く小さな身体。だけどその意志の強そうなその瞳は、ぼくの知るその人と少しも変わらない。

 スティーブ・ロジャース。スーパーソルジャー計画を受ける前の彼が、ぼくの目の前に立っていた。

 

「きみは……だれだ? どうしてぼくの名を?」

 ぼくが名前を言い当てたことに驚いたのだろう。彼は怪訝そうにぼくを見つめてきた。

 ぼくは瞬時にいまいる時期を推測した。スーパーソルジャー計画の前。子どものように見えるけれど、おそらく彼は成人を迎えている。とすると……

 

「ぼくは、きみが……そう! 軍の入隊を志願しているところを見かけてね。名前もその時に」

 ぼくは過去に目にした史料をもとに言い繕った。彼はたしか何度も志願してそのたびに身体検査で落ちていたはずだ。もっとも年齢の読みづらい顔立ちゆえに、まだ志願する年齢に達していない可能性もあったけれど。

「ああ……見られていたのか」

 

 彼は不貞腐れたような硬い声を発しながら俯いた。どうやら時期は外していなかったらしい。しかし入隊を拒絶された現状によほど納得がいっていないと見えて、こちらに視線を合わせようとしないまま殴られたときに切れたのだろう口元の血をぐいと拳で拭い、無言でぼくの脇を抜けて歩き出した。

 

「おい、大丈夫か?」

 ボロボロの体でよろよろと歩く背中に思わず声をかける。

「平気さ。慣れてるから」

「だが……」

「いまだってきみの助けを借りずとも一人で戦えた」

 拗ねたような物言いはまるで子どもだ。彼らしくない。少なくともぼくの知る彼はこんな子どもじみた拒絶の仕方はしない。もっと自分の現状を理解して毅然とした態度で返してくるはず……などと、ぼくの知る現在の彼と比較してしまったのが良くなかった。なぜ良くなかったかって?

 ぼくも大概、おとな気ないからだ。

「一人で戦えた? へえ。ぼくには一方的にいたぶられているようにしか見えなかったがね」

「ぼくから手を出すことはしない。べつに喧嘩がしたいわけじゃないからな。けど、相手が止まらないようならぼくだって……」

「ゴミ箱の蓋で相手を返り討ちにしてたって?」

 ぼくの言葉に反応し、ぴたりと彼は歩みを止めた。そうしてゆっくりと振り返り、ぼくを見上げる。

 さあ、彼はどう返してくるのだろう。ぼくはほんのわずかに、この子どもじみたやりとりが続くことを期待した。そのほうが口論ばかりのぼく達らしく思えた。ぼくの知るキャプテンにはやく会いたかった。

 それなのに、なんということだろう。

 いま目の前にいるスティーブはぼくの期待を裏切った。

 彼は自嘲気味な笑みをぼくへ向けた。こんな表情を、ぼくはぼくの知るスティーブから向けられたことがなかった。

 彼は戸惑うぼくを皮肉るように言葉を紡いだ。

「きみにはぼくが弱いくせに吠えているだけの間抜けに見えるだろう。ああ、身体検査で落とされているところも見られていたんだったか? それじゃあ余計にそうだろうな」

 この卑屈な男は本当にスティーブ・ロジャースなのだろうか。ぼくの知る彼は、キャプテンアメリカは。仲間を頼る男だ。一人でも戦うけれど、仲間を信じて背中を預けられる男だ。こんなふうに自虐的な言葉を返す男ではない。

 幻滅……というのは少しちがう。だっていまぼくが見ている男がたとえスティーブだったとしても、過去の男だ。このあと彼は血清を打ち、本物のヒーローになる。だから気に留めなければいい。ただそれだけのことなのに。

 それでもぼくは、こんなスティーブを知りたくはなかった。そんな思いが心中に渦巻いたその時。

「……きみにどう思われようと、絶対に諦めない」

 目の前に立つ小さなスティーブが囁くように呟いた。独り言のような、だけども強い意志のこもった言葉だった。彼は再びぼくを真っ直ぐに見据える。

「ぼくはぼくにできる方法で戦う。苦しむ人がいる限り、ぼくは誰になんと言われようと絶対にやめない」

 澄んだ深い青。ぼくのよく知る瞳。

 ああ、彼だ。ぼくの知るスティーブは、ちゃんとそこにいた。

「……もしもきみが」

 口をついて言葉が溢れる。

「もしもの話だが。リスクは高いけれど強い肉体が得られるという話があったらきみはどうする?」

 いま目の前の彼に尋ねたかった。

「……なんの話だ?」

 ぼくのまとう雰囲気が変わったことに気付いたのだろう。彼は訝しみながらも耳を傾けてくれた。

「もしもの話さ。きみの信念の強さに興味を持った。リスクの高さは、そうだな。成功率は1%ほど。失敗したら命を落とすかもしれない。そんな危険な実験があったとして、きみはその話にのるか?」

「ああ。それでぼくの信念が貫けるなら」

 毅然とした答えは、はじめからわかっていた。

 だからこそ彼は超人計画の被験者に選ばれ、数奇な運命を辿ってぼくと出会うことになるのだから。

 彼と対面するうち、無性にぼくはぼくの知るスティーブと会いたくなった。ピム粒子のない現状どうすれば会えるかはわからないけれど、諦めなければどうにかなる。そんな気がしてきた。スティーブとなら。

「……あ」

 そこでふいに思い出してしまった。本来、路地裏で絡まれている彼を救うのはぼくの役目ではなかったということを。超人になる前のスティーブ・ロジャースのそばに常にいたのは、彼の親友でサイドキックのバッキー・バーンズ。そんなことは歴史の教科書に載るくらい有名な話だ。

「どうした?」

「あ、いや……そう! さっきの路地裏で財布を落としたかもしれない」

「え」

「きみ、悪いんだがいっしょに戻って探してくれないか?」

 なにがこの世界線に影響を与えてしまうかわからない。万一ぼくが関わったことで、この世界線にキャプテンアメリカが誕生しない世界線が生まれるとしたら。

「……ぞっとしないな」

 これではバック・トゥ・ザ・フューチャーを例に出していたスコットを笑えないじゃないか。

「ああ、ぼくなんかに構ったせいで財布を落としたなんて、きみもついてないな」

 素直な相槌を返してくれたスティーブとともに来た道を戻ると、まもなく先程の路地裏に通じる角のところに若き日のバーンズの姿を捉えた。どうやらスティーブはまだ彼の存在に気付いていないらしい。そこでぼくは最後にもうひとつだけ尋ねてみる。

「なあ、さっきの話だが。もし強靭な肉体を得ることなく、戦場に放り出されたとしても、きみが諦めることはないのか?」

 彼はなんでもないことのように頷いて答える。

「だから何度落とされたって懲りずに志願を続けているのさ。それにぼくのようなもやしだって、強力な装備と戦略次第では戦えるかもしれないだろ」

 スティーブの答えに、もしかしたらどこかにはそんな世界線もあるかもしれないと思えて、ぼくはひっそりと微笑む。

「ところで、きみ。名前は……」

「スティーブ!」

 スティーブの言葉を遮るように、バーンズが彼の名を呼びながらこちらへ駆け寄ってきた。

「おい、お前なんだよ、その顔。本当に殴られるのが好きなやつだな」

「……うるさい。ぼくだって好きで殴られてるわけじゃない」

 スティーブの視線が自然にぼくからバーンズへと移る。ふたりだけの軽妙なやりとりが始まり、そのことにわずかな寂しさをおぼえながらも、ぼくはそっと人混みに紛れるように彼らから離れた。

 ここはぼくのいるべき世界じゃない。それにぼくがいま最も会いたいのは。

「遅かったな」

「……それが迎えにきた人間に向ける言葉か?」

 棘のある物言いも心地良い。

 どこかの時代でピム粒子を無事に入手してぼくを拾うためにやってきたのだろう諦めの悪い男の姿に、ぼくは堪えきれず安堵の笑みを溢した。


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