【ミアノラ♀】おはよう人類

初TF作品で、後天性擬女化……？

ノア好みの人間の姿になって遊びに行きたいミラの話。

こちらの話で完結してますが、ノア視点の書下ろしを添えて本を発行予定です。

　きっかけは、リークのガレージにあった雑誌を発見したことだった。

「なんだこれ」

　リークに尋ねると、「ロボットのエイリアンにはこういうのねえの？」と逆に聞き返された。

　これ、と俺が指し示したのはウーマンタイプの人間が表紙の雑誌だ。引っかかったのは、そいつが何の服も着ていないということだった。

　俺たちトランスフォーマーには必要ないが、人間は服を着る習慣があるはず。でないと熱調整も自己防衛もできないんだからな。不便なもんだ。前に観た映画のおかげで交尾をするときはなにも着ないらしいということは知っていたけど……ああ、そういうことか。

　俺は合点がいったと頷いて、「俺たちにも似たようなのがあるぜ。データだけどな」とリークの問いに答えた。もっとも有性生殖を行う人間とはずいぶん仕様がちがうものだけれど。

　雑誌を興味本位に摘まみ上げてパラパラとページをめくっているうち、俺はあることを閃いた。ずっと試してみたかったことにも繋がる。こいつはその良いサンプルになりそうだ。

　熱心にページをスキャンし始めた俺に、「俺もはじめて手に取った時はそういう顔したもんだ」と、リークはなぜか懐かしそうに俺を見上げてきた。

[chapter:おはよう人類]

「ノア！　これを持っていけよ！」

　数日後。俺は出社するノアを呼び止めて、とあるものを投げて寄こした。ノアは俺の声に反応し振り返ると、器用にキャッチして手の中のものをみつめる。

「指輪……？」

「護身用だ。仕事中にごついグローブ付けてるわけにもいかないだろ？」

　俺の言葉にノアも用途を察し、「それもそうだな」と素直に受け取ってくれた。ごく一般的な人間の仕事なら不要かもしれないが、なにせノアの就職先は「特殊」だからな。

　様子を眺めていたら、ノアはなにかを少し迷ったあと、首から下げたドッグタグのチェーンに俺の渡した指輪を通してくれた。それから俺の視線に気付き、

「……ミラージュ。なにも企んでないよな？」

　と、じとりと探るように睨み上げてきた。やれやれ。ずいぶんと信用がないらしい。俺は両の手のひらを挙げてみせて、

「まさか。なにも企んでなんかないさ」

　ノアが困るようなことはな。という言葉を飲み込んで送り出した。

　ノアに渡した指輪のメインの機能は、以前ペルーでの戦いの時に渡したグローブとほぼ同じものだ。ただホイルジャックに相談しつつ、いくつか改良を加えてみた。

　そのひとつをサプライズにしたくて、ノアには伏せていたというわけだ。いったいどんな反応をみせてくれるだろうとワクワクしながら、俺は最終チェックに入った。

　まずはビークルモードのままホログラムを出してみる。ホログラムのイメージは、この間リークの持ってた雑誌でみた人間の女だ。さすがに裸のままというわけにはいかないから、ノアの普段着をイメージしてアスレチックタンクトップにボトムス、ジャケットを合わせていく。

　最後にダークブラウンの髪をハーフアップに結い上げて（あくまで結い上げたというビジョンだが）キャップにおさめたら……完璧だ。

　サイドミラーに映った俺のアバターがにやりと得意げに笑う。それから、

「あー、あー、テステス。うん、発声回路も問題ないな」

　このビジュアルに合わせて声も調整した。キーの高さはアーシーを参考に、ちょいとアレンジを加えてみた。

　くるりと一回転してみても、映像にノイズは見られない。これなら触られでもしない限りホログラムだとバレることはないだろう。

　俺はずっと人間の姿で出かけてみたかった。できたらノアと一緒に。けど、そのモデルに迷っていた。以前ノアのホログラムを出したことがあるけど、さすがに同じ顔に歩かせるわけにはいかないからな。クリスとリークもスキャンして見せたら、「遊びで見る分には良いけど、外を出歩くのはやめてほしい」と断られちまった。

　ビークルモードで道行く人をテキトーにスキャンしても良かったんだが、じっくり読み取る時間が取れないのと、車がストーキングするわけにはいかないのとで却下。まあ色々な問題が重なった結果、例の雑誌のモデルに、文字通りモデルとなってもらったというわけだ。

　なにより。リークに「ノアもこういうの好きなのか？」と聞いた時の「当たり前だろ。嫌いなやつがいるもんか」という返事が決め手となった。せっかくならノアに喜んでもらいたかったから。

　ビークルモードからのホログラムに問題ないことを確認した後は、いよいよ遠隔で映し出してみることにした。街中を人間の姿で歩くのに、ポルシェがいつまでも併走するわけにはいかないからな。

　ノアに渡した指輪には追加機能がある。指輪から半径１０マイル以内であれば本体からと同様、自由にこのホログラムを映し出せるというものだ。

　ノアの終業のタイミングを狙い、さっそく実行に移した。せっかくなら仕事終わりに鉢合わせたい。最初は正体を隠して、ちょっとからかってから打ち明けよう。それから二人でどこかに出かけられたら良いな。そんなことを考えながらホログラムの映写ポイントを探った。

　いくつか試してみて、最終的にノアの勤務するオフィスのすぐ裏手に決めた。大通りから離れていて、ひと気がない。だからちょうど良いと判断した……のは、間違っていないと思ったんだけどなあ。

　ホログラムを映し出し、人間のオプティックの位置に合わせた視覚機能で、手足にあたる部分を確認していると、

「なあ、あんた。こんなところで何しているんだ？」

　背後から声を掛けられた。振り返ると人間の男が三人、狭い路地をふさぐように立っている。なにがおかしいのかニヤニヤと笑いながら。一人がジリ、と近付いて、

「もしかして道に迷いました？　よかったら案内しましょうか？」

　と話しかけてきた。口調は丁寧だが、不躾な視線に形容しがたい不快感が湧いてくる。

　ふいに肩を触られそうになって、反射的に俺は避けた。危なかった。触れられたら一発でホログラムだってことがバレちまう。地球にはまだここまでの技術がないし、それで騒ぎにでもなってみろ。絶対オプティマスから「おい、ミラージュ。騒ぎを起こすなと何度言ったら分かるんだ」とドヤされるに決まってるし、ヘタしたら三か月くらい謹慎処分が下るかも。冗談じゃない。

「あー、いや大丈夫。道は分かってるから」

　親切にどーも。俺はそう返して、平和的にこの場を去ろうとした。が、じわじわと近付いてきた残りの二人がそれを阻む。こっちも触れられないようにと後ずさると、あっという間に壁まで追い込まれてしまった。おいおい、こいつらいったい何がしたいんだ。

「ええと？　悪い。もう行くからそこをどいてくれないか？」

　意図が読めないながらも、ひとまず柔らかく要望を伝えてみたのだが。

「一人じゃ危ないだろうから、俺たちがついていってやるよ」

　駄目だ。どうやらこいつらはコミュニケーションが取れないタイプの生き物らしい。ノアやクリスとはこんなことないのに、おかしいな。まあ人間もトランスフォーマーと同じで色々なタイプがいるということだろう。

　なんてことをごちゃごちゃ考えていたら、いつのまにか男がアバターの顔のすぐ脇に手をついていて。俺はさっと顔を逸らしながら、

「あ、ああー、大丈夫。気持ちは嬉しいけど、ご心配なく」

　と返した。だが、いっこうに男の手が避けられる気配はない。今にも俺のアバターの頬に触れそうで、スパークがひゅんと嫌な音を立てた。瞬間。

「おい。あんたら、そこで何をやってるんだ」

　裏路地に声が響いた。それは俺のよく知る声で。

　ノア。思わず呼びそうになった名前を慌てて飲み込んだ。サプライズのためにせっかく今日まで隠してきたんだ。ここで名前を呼んでしまったら台無しじゃないか。

　ひとり逡巡する俺をよそに、ノアと男たちの会話は進行した。「だれだ？」とか「お前には関係ないだろ」とかいう言葉をアバターの集音機能が拾っていると、

「その子、俺の連れなんだ」

　想定外の言葉がノアから発せられた。

「だからこれ以上しつこく絡むようなら……」

　どこから出したんだというくらいドスの聞いたノアの声と強い視線に威圧され、俺を取り囲んでいた連中は、てんでバラバラな捨て台詞を残してそそくさと去って行った。

　路地裏には、俺のアバターとノアの二人きり。

　なんと声をかけるべきかを迷った末、俺は一番気になっていたことを尋ねてみた。

「連れって、俺のこと？」

　ノアにこのホログラムを見せたことはない。姿だけでいったら初対面のはずだ。なのにこの発言が出たということは、正体がバレてる？　でもどうして。次々と疑問が湧き起こるなか、

「ああ言ったほうが、連中を追い払えると思って」

　大丈夫？　怪我はない？　そう気遣う言葉をかけながらノアはゆっくりと近付いてきた。

　バレてない。その事実に俺は心底ほっとして、

「なーんだ！　てっきり俺のこと分かってて言ったのかと、思った……」

　つい口を滑らせてしまった。ああ。気付いた時にはもう遅い。

　じっとこちらを探るようなノアの視線とぶつかり、そして。

「……まさかとは思うが、ミラージュか？」

　最後のあがきとして首をぶんぶんと横に振ってみせたけれど、上から下までじっくりと観察され、

「ジャケットにボトムス、キャップまで。まるでどこかで見てきたみたいに何もかも俺の私物とそっくりだな？」

　いつか映画で観た犯人を追い詰める探偵のように淡々とした口調で証拠を指摘されてしまっては、観念せざるを得なかった。降参だ、と両手を挙げてから俺は口を尖らせる。

「せっかくサプライズにしようと思ったのになあ」

「じゅうぶん驚いてるよ」

　どうしたんだ、それ。とあきれた調子で問われて、ざっくりと経緯を説明した。ノアは俺の話を聞きながら今朝渡した指輪を手に「これか……」と溜息を吐く。

「何かあるとは思ったけど」

「だってノアと人間の姿でしか行けないところ行って遊んでみたかったんだ」

　仕方ないじゃないかと訴えると、ノアはわずかに視線をさ迷わせて、

「だとしてもなんで……」

　そんな恰好なんだと頭を抱えている。これも俺が想定していたのと違うリアクションだ。想像の中のノアはもっと喜んでくれていたのに。

「だって、ノアはこういう子が好みだって」

「……誰に聞いたんだ」

　リーク、と答えれば「だよな」とこれまた溜息で返される。おいおい、いったい何回排気するんだ。喜ばれるどころか、ここまで嫌がられるなんて。溜息吐きたいのはこっちのほうだ。

　俺が不満を込めて睨むと、ノアはクリスと接する時のように、やれやれと肩を竦め、

「……他の人間の姿に変えられないのは分かったから、とりあえず声だけ戻せ」

　と告げてきた。声？　と俺が戸惑っていると、

「俺はふだんのお前が良いよ。できれば姿も。でも人間になりたいってずっと言ってたもんな」

　だから声さえいつものお前に戻してくれたら、好きなところに連れて行ってやる。

　そんなノアの言葉ひとつで俺の機嫌は一瞬でなおってしまう。やっぱりノアは俺を喜ばせる天才だ。

　言われたとおりに声だけを元に戻したところで、俺は指輪のもうひとつの機能を思い出した。

「そうだノア。指輪、首からぶら下げるんじゃなくて、指にはめてくれよ」

　どうして、と視線で訴えてくるノアに「良いから」と促す。ノアが指輪を左手薬指にはめたところで、そっとその手をアバターの右手で握ってみた。

「え」

　じんわりと熱が伝わったことに驚いて、ノアが声をあげる。やった。ようやくサプライズが成功した。

「指輪を通してなら触感を再現できるんだ。これで本当に手を繋いでるみたいに歩けるだろ？」

　最高だミラージュ、ありがとう。そう言って笑ってくれると思ったのに。何故だかノアは

「……勘弁してくれ」

　と天を仰いでいた。