【ヴォクアラ】シェヘラザードの眠らぬ夜

aroaceなアラスター。 恋愛感情を介しませんが、エンターテイナーとして相思相愛なヴォクアラです。 s1ep8後の傷ついたアラスターを捕らえたヴォックスの話。 こちらのお話で完結していますが、アラスター視点の書き下ろしを加えて本を発行しました。

(最下部に通販リンクあります)


 ついに、この時が来た。

 エクスターミネーションでアダム相手に無様な敗北を晒したアラスター。奴の憐れな死に様を拝むことは叶わなかったものの、地獄中に張り巡らせた監視網のひとつが、隠れ家へと逃げ込む奴の姿をとらえたのだ。

 ホテルの連中の前では強がって見せていたようだが、どうやらカメラへ加工も施せない程ダメージを負っているらしい。情けない野郎だ。

 しかし好都合。「憐れな死に様を拝めなかった」という部分を訂正しよう。これから奴の尊厳を完膚なきまでに陵辱し、生への懇願を無情に打ち捨て、チームへの誘いを断ったことの謝罪を聞き届けてから嬲り殺してやる。

 俺はすぐさまカメラが捉えた場所へ向かい、魔力が尽きてロクな抵抗もみせないバンビの肢体を拘束した。それはなんともあっけないハンティングだった。肩透かしも良いところ。せめて犯している最中は良い声で鳴いてくれよ……と、ベッドに縫い付けた奴の身体に手を伸ばしたその時。

 ジジ、というノイズが響いた。奴のラジオボイスに時折混ざる聞き慣れた音だ。捕らえてから一度も言葉を発していなかったアラスターがここにきて口を開いたのである。 

 『……まったく憐れですねえ』

 俺は伸ばしかけた手を止めた。ベッドに四足を広げて張り付けられてる畜生と、その上に覆いかぶさらんとする俺。視聴者がどちらを憐れと捉えるかは明らかだろう。

 「おいおい。放送事故かと思うくらい噤んでいた口を開いたと思ったら、それか?」 

『視野が狭くてアイデアが貧困なヴォックスくん』

 「…っ! いいか、今から俺はお前を……!」 

『万人が創造し得るエンターテイメントに一体どんな価値が?』 

 見下ろしているのは俺なのに、奴はご自慢の笑みを浮かべて俺を見下してくる。流されるな、冷静になれ。奴は魔力も尽きてるし、身体も動かせない。現状、圧倒的に優位なのは俺だ。それなのに。 

 『どうやら私がいない7年の間に、貴方はエンターテイメントが如何なるものかを忘れてしまったらしい。もしもその汚い手を収めるのなら、今宵特別に、貴方だけに。極上のエンターテイメントを語って聞かせましょう?』

 滔々と語られる耳心地の良い声に我知らず聞き惚れる。たしかに俺は忘れていた。奴をラジオデーモンたらしめるのは、単純な魔力や腕力ではないということを。

「さあ、チューニングを合わせて」

 エフェクトのかかっていないアラスターの生の声が、地獄に堕ちてから失ったはずの俺の鼓膜を震わせた。 


シェヘラザードの眠らぬ夜


 アラスターと過ごす幾日目かの夜。ふいに「The Arabian Nights' Entertainment」という物語を思い出した。一夜過ごした娘の首を次の日には刎ねるという蛮行を繰り返す、女性不信の暴君の話だ。耐えかねた大臣の娘が王を止めるため名乗り出た。彼女はいかにして王を諌めたか。なんと毎晩閨で彼を虜にする物語を語って聞かせたというのである。王は彼女の語る物語に夢中になりつつ、それでも毎夜、物語を聞き終えたら娘を犯して殺そうという心算でいるのだが、物語が佳境に入ったところでいつも上手い具合に焦らされてしまう。 


 「続きはまた明日。明日はもっと面白い」

 ちょうどこんな具合に。

 俺の鼻先でアラスターがいやらしくニタリと笑う。嬲り殺してやりたいほど憎らしい表情だ。傷を引きずる今の奴相手なら実行するのは容易い。それなのにどうして俺はひとつのベッドに横並びで寝そべるこの状況で奴をファックしてないんだ! そう頭を抱えるたび、嫌でも思い出すのが最初の晩の奴との会話である。

 俺がアラスターを捕らえたあの日。エンターテイメントのなんたるかを教えてやると豪語した奴は、

 「貴方のことだからいたぶるだけいたぶって、最後には私を殺すのでしょうね」

 「当然だろう? お前を葬り去ってテレビこそが至上最高の娯楽だと証明してやる」

 「それはエンターテイナーとしての実力では私に勝てないという無能の証左では?」

 「なんだと!?」

 弱っていても奴の舌はくるくるとよく回る。奴のペースにのせられて顔面の映像を乱しそうになるのを必死で堪え、いっそ猿轡でも噛ませて黙らせるかという発想に行き着く。

 そうだ。先程は不意打ちの生声に動揺したが、奴の言葉に耳を貸す義理などない。今すぐにでもお喋りな口を塞いでしまおう。チームへの誘いを断ったことに対する詫びは、奴を感電死させる直前、命乞いとまとめて聞いてやる。

 そう心に決めて再び奴の上に身を乗り上げたところで。

「考えてみたのですが」

 込められた意志の強さからか、はたまたよく通る声音によってか。どうにも奴の言葉には耳を貸さずにいられない。アラスターは動きを止めた俺をじっと見すえて、

「貴方にエンターテイメントの極意を教えるのに最良の題材はなにか」

 「……それで?」

 はからずも興味惹かれ続きを促す俺に、奴は笑みを深める。そして。

 「先日、散歩中に街で目にした貴方の番組に対する私見……なーんて、いかがでしょ?」

 ああ、認めるのは悔しいが、やはりこいつは生粋のエンターテイナーだ。視聴者のニーズを分かっている。俺がどうしてこいつをチームに入れたかったのかを、分かっている。

 気付けば俺は奴の話に耳を傾けていた。話しやすいようにと奴の拘束を手枷に変えもした。

 なんといってもこれはアラスターが俺のためだけに構成した独占放送なのだ。その事実が俺をどこまでも満たしていく。放送開始とともにラジオにかじりついていたガキの頃のように。アラスターの言葉は俺の心を惹きつけてやまなかった。

 それでも放送には必ず終わりの時間がやってくる。

「おっと、もうこんな時間。お話の続きはまた明日にしましょう、My Dear」

「はあ!? おい、続きもなにも話の途中…」

「次回への引きも重要です! 人生にはいつだってアドベントカレンダーの窓を開く時のような高揚がないとね」

 言い終えるや否や、奴はさっさと毛布の下に潜り込み、俺に背を向けて眠ってしまった。真横に宿敵がいるというのに、さすがに無防備すぎるだろう。おまけに奴が話し終えた途端、魔法が解けたみたいに俺は本来の目的を思い出した。なんてことだ。翻弄されっぱなしじゃないか。くそ、いっそこのまま奴を……なんて考えは、当然のごとく見透かされており。

「爪の先一本でも貴方が私に触れた瞬間。私は舌を噛み切ります。まあ、悪魔ですから? そのうち再生するでしょうが……」

 その後二度とお前と口をきくことはないだろう。

 言い終えてから奴は振り返り、ニカッと笑って、

「よぉく考えてくださいね! では、おやすみなさい。良い夢を」

 こうして初日の放送は終わった。

 よぉく考えた結果、俺はどうしたか。それは幾日目かの夜にもアラスターが俺の横ですやすやと眠っていることが答えだ。

 俺が触れなかったため、奴は宣言通り次の晩に続きを話して聞かせてくれた。その次の晩も。

 四日目の朝、俺は奴の手枷を解いた。これ以上ホテルに顔を出さないと地獄のプリンセスが取り乱して面倒な事態になると言われ、納得したからだ。それに奴は俺にこう告げた。

「続きは今夜、同じ時間にこの場所で」

 嘘偽りだらけの悪魔だが、リスナーにだけは誠実な男だ。それがラジオスターとしての矜持なのだろう。拘束を解いたその晩も、アラスターは俺の待つこの家へ戻ってきた。

 奴は慣れた動作でベッドの上へと上がり、寝物語を語る。嫌味混じりだったけれど俺の番組への奴の助言は不本意ながら参考になったし、毎夜の話題は多岐に渡った。時には俺のリクエストにも応えてくれた。アラスターは必要以上に俺を煽ることなく、時折混ざる挑発的な言葉も会話を盛り上げるエッセンスとなっていた。こうして俺たちは毎晩語らい、ひとつのベッドで眠りについた。

 充実した日々だった。たとえ指一本奴に触れることがなくとも。それは「続きはまた明日」と告げられ反射的に怒りが沸き起こり「ここで終わり!? ふざけるな! 人を弄ぶのもいい加減にしろ、ファッキューアラスター!」と怒鳴りつけることもあったけれど。それでも「明日はもっと面白い」という言葉が誇張ではないと知ってしまった以上、俺は奴に手を出すことをしなかった。この日常が続く限りは。  終わりの日は突然やってきた。いや、きっと奴にとっては予定調和だろう。傷と魔力が癒える日を見計らっていただろうから。


 ひと月程経った頃。人間であった時も地獄に堕ちてからも、これ程声を上げて笑うことがあっただろうかと思う程に盛り上がり、ひとしきり奴と笑い合ったタイミングで、 

 「お楽しみいただけましたか?」

 とアラスターが尋ねてきた。   

「ああ、最高の気分だ!」

 答えながら俺が目尻(便宜上の言葉だ。実際は画面上の該当箇所)に浮かんだ涙を拭っていると、 「それは良かった。やはり番組の最後は笑顔でお別れしたいですからね」

 「……最後?」

 引っかかった言葉をそのまま聞き返せば、奴はなんでもないことのように「ええ」と首肯した。 「お話に区切りがついたので」

 奴はそう返してベッドから降り、スタスタと出口へ向けて歩き出した。展開についていけない俺が情けなくも「つ、続きは……?」と奴の背中に縋るように問いかけると、奴は弾けたように笑いながらぐるりと振り返り、

「おお友よ、愉快な放送はいつだって偶然の出会いが生むものじゃないですか!」

 街で会ったらその時はまた楽しくお喋りしましょうね。

 しれっと告げる奴の身勝手さに、俺の怒りは脳天を突き抜けた。こいつは出会った頃からちっとも変わっていない。人を惹きつけるだけ惹きつけておいて、気まぐれに突き離すのだ。

「生きてここを出られると思うなよ!? ぶっ殺してやる!」

 怒りに任せて電撃を放つと、奴の影が素早く俺の攻撃を弾いた。と、そのままの勢いで触手となって伸びた影が俺の身体へ巻きつき、ぎりと締め上げてくる。魔力を取り戻した奴との攻防は、拍子抜けするほどあっさりと決着がついた。

 奴は吊り上げた俺をニタニタと仰ぎ見ながら、

『こうしていると、貴方のチームへ誘われた日のことを思い出しますねえ』

 いつの間にか戻したラジオボイスで煽ってくる。まったく、どこまでも性根のひん曲がった野郎だ。忘れたい過去をぐちぐちと執拗に突いてきやがる。

 俺がぎっと睨むと、奴はわざとらしく心外だという顔をつくって見せ、

『考えてみてほしいものですね。あの日、貴方を殺さないでおいた意味を』 

「……殺せなかったんだろう」

 『にゃは! それは面白い冗談だ』

 小馬鹿にしたように笑う奴を見下ろして、俺は鋭く宣言する。あの日のように。 

 「ラジオの時代はもう終わり。テレビこそ至高、テレビこそがエンターテイメントだ」

 俺の言葉を受けてもアラスターは表情を変えない。けれどもぱっと影の拘束を解いて俺を床に叩きつけると、

『おやおや。ようやく周波数が合ったようだ』

 ジジ…というノイズとともに呟いた。それから床に這いつくばる俺を見下ろし、

「ラジオがテレビに負ける日が来ることなんて有り得ませんが……せいぜい俺を楽しませてくれ。その命尽きるまでね」

 そう捨て台詞を吐いて、奴は影の内へと溶けて消えていった。

 家主の消えた部屋には、この一ヶ月毎日同衾した相手に指一本触れることのなかった憐れな男だけが残された。憐れーーだが、本当にそうだろうかと自問する。最後まで手を出さなかったからこそ、これからも物語は続くのだ。そう思えば。

「街で会ったら……」

 それはいつだろう。明日でも良いだろうか。さすがに期間が短すぎると無視されるかもしれないな。あいつが反応する話題は、タイミングは……こうして考えていくと、番組を生み出すときと同種の高揚感が自分のうちに芽生えていることに気付く。職業病だ。治らぬ病。きっと自由と娯楽をどこまでも求めるあいつもこの病を患っている。

 だから結局はそう。俺は今も昔もこれからも。エンターテイナーとして高みを目指す相手としてのラジオスターを愛してやまないのだろう。


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