【ヴォク♀アラ】Are we exclusive?
誰が言ったか「別れていない別居中の夫婦」という表現が好きで。
始まりは契約結婚だけど、別れたつもりはないaroaceな先天性女体化🦌と一方的にフラれたとキレる📺のヴォクアラ。
チームへの誘いを断ったのも。ずっと消息を絶っていたのも。アラスター、お前じゃないか。それなのに。
「今更戻ってきたってもう遅い! お前の時代は終わったんだよ、アラスター。俺を弄びやがって。身勝手に契約を破棄したことを後悔させてやる!」
そう告げた瞬間。奴はただでさえ大きな両の目をさらにひと回り大きく開き、まじまじとこちらを見つめてきた。この表情を、私は知っている。奴が相手の発言の意味が飲み込めなかったときにする顔だ。だが、意味が飲み込めないのはこちらも同じ。なぜだ。なぜ、お前がそんな顔をする?
「……7年もの間、連絡を寄越さなかったということは、そういうことだろう?」
念を押すように問いかけると、返事の代わりにジジ……とノイズが響いた。不穏なその音に、じとりと嫌な汗が背中を伝う。
数日前、テレビとラジオの電波越しに罵り合ったものの、今日、街で偶然鉢合わせるまで直接顔を合わせる機会はなく。実に7年振りの再会というタイミング。
もしや、かける言葉を誤ったのではないか。
私は瞬時にブレインをフル回転させ、まだ彼女と親しく笑いあえていた頃に交わした、婚姻契約について思いを馳せた。
生前から憧れの存在だったラジオスターのアラスターと地獄で出会い、下心をひた隠しにして食事をする仲にまで上り詰めたところで、彼女は突如、爆弾を投下してきた。
『ヴォックス。私と結婚しませんか?』
その言葉が入力端子を通ってブレインまで届いた瞬間。私は口に含んでいた食後のコーヒーを盛大に噴き出した。補足しておくと、この発言の直前までは和やかに食事の感想を伝え合っていたのだ。この会話の流れをアラスターは「ところで」の一言でぶった斬ったのである。
加えて、これまでの交流の中で彼女からこの手のミャクを感じたことはあるかと問われれば、首を勢いよく横に振っただろう。皆無だった。他人から触れられることを何より嫌うアラスターは、エスコートのため腰へ添えようとした手すら、影を操り叩き落とすほど。私をからかう言葉の端々には棘があり、特にテレビへの嫌悪感は強く、好意など微塵も……考えていたらだんだん辛くなってきたが、要するに。なにか裏があるとしか思えなかった。
「あー、失礼。目的を伺っても?」
単刀直入に問えば、正解を告げるふざけた効果音が鳴り響き、
『察しが良いですね! 話が早くて助かります。ああ、そういうところは数少ない貴方の長所だと思ってますよ?』
「……そりゃ、どーも」
察しが良いもなにも、諸々の段階を飛び越していきなりプロポーズを迫る女はこの地獄にだってそうはいない。相手があのラジオデーモンともなれば尚のこと。
『物理的な力でのし上がるのには、そろそろ限界を感じていましてね。地獄での地位をさらに上げるため、社交界に出たい。しかしなにせこの地獄。化石みたいな価値観の悪魔ばかりでしょう? 独り身だと信用がなかなか得られないようで』
子孫をつくることもできない罪人に結婚などという制度は必要なのか。生前、伴侶や子を得ていた者が地獄で再び異なる家族を得るのはどういう感覚なのか。等々の不満と持論をひと通り展開したのち、
『あらゆる条件を吟味した結果、見事! 貴方が当選しました!』
またもやふざけたSEが鳴り響く。地獄の喧騒に包まれた店内においてこの程度で注目されることはないが、こうも小馬鹿にされ続けて喜ぶ者はいない。
「つまり、私と偽装結婚がしたいと? だが、アラスター。貴方は以前、私からのビジネスの誘いを断ったはずだ。たしか…」
『群れるのは嫌い、雑魚のすることだから。おまけにふざけた箱の中に閉じ込められるのなんかまっぴらごめん。ええ、たしかにそうお答えしました』
すました顔で一言一句再現されたことで古傷が痛んだ。くそ。なんて憎らしい女だ。
だがその才能も美貌も。彼女の全部が欲しくてたまらない。そんなこちらの思いを見透かしたように、
『この結婚により、貴方のその幼稚な支配欲と独占欲も少しは満たされるのでは?』
「……君にハグやキスをしても許されるのか?」
『ハハッ! ご冗談を!』
私の支配欲を満たすと言いながら、婚約にあたって彼女の提示してきた条件は三つ。ひとつ、互いに不必要な接触をしないこと。ふたつ、ひとつめの条件の補足として性的な接触も「不必要」の範囲に含めること。みっつ、これに類する関係を互い以外に結ばないこと。
つまり、一般に「夫婦」という言葉から連想し得る行為の一切を禁止する条件だ。馬鹿げている。人参を目の前にぶら下げられたまま、涎を垂らして生きろというのか。
「……いっそ、魂を奪えば良いのでは?」
考えてみればおかしな話だ。上級悪魔を次々に蹂躙し、隙あらば魂の契約を強いるラジオデーモンが、魂の契約を介さない結婚を迫るだなんて。
しかし彼女の中でこの矛盾は解消されているようで、
『テレビなどという低俗な媒体に興味はありませんが、私は娯楽の創造主に一定の敬意を払います。たとえ相手が、センスの欠片もない箱にこだわり続ける愚か者であろうとね。創造の源泉は常に自由にこそある! だから貴方からは魂を奪いません』
邪魔になったら貪り喰ってしまえば良い。そう言ってにんまりと笑ってみせた。
視聴者を洗脳する手法も含め、常日頃から私の提供する娯楽のあり方を否定してきた彼女だったが、どうやら表現者としての私のことは多少なりとも好ましく思ってくれているらしい。
正直、彼女からのこの評価に不満がなかったわけではない。テレビの悪魔としては、テレビという媒体そのものを受け入れてほしいと望むのは当然のこと。けれどもそんな欲求より誇らしさが勝った。
生前、ラジオの全盛期を知る業界の人間に、アラスターへ憧れを抱かなかった者はいない。クレオールへの、そして女性への差別が激しかったあの時代。もともと歌とダンスを武器に人々を魅了して知名度をあげていた彼女は、あらゆる障害をものともせず、ラジオ普及とともに電波に乗って瞬く間に全米へと羽ばたいた。伝説のラジオスター。彼女から認められることは、そのまま私の矜持へと繋がる。
彼女の提案を受け入れるのも悪くはないかもしれない。と、にわかに賛同へ傾いた。提示された条件は不服だが、魂を縛られているわけではない。それに何かのきっかけで、性的な接触が彼女にとって「必要」に変わる可能性だってある。そうだ。私は諦めない。いつか必ず、アラスターの全てを手に入れてみせる!
そう意気込んだものの。結局私は、最後まで彼女にとって都合の良い夫であり続けた。アラスターとの夫婦生活は常に天国と地獄がセットだった。腹立たしいけれども愛おしい。彼女のコケティッシュな魅力に翻弄される日々。ついぞ性的な接触の許しを得ることはなく、唯一抱きしめて眠ったおぼえがあるのは、月経痛に苦しむ彼女を労ったときだけ(「罪人に子をなす機能はないのに馬鹿げた苦痛だけ残すなんて、神の性根は腐りきっている」とは彼女の談)。そのときも余程手を出してやろうかと思ったが、彼女の世話を焼くことで自尊心がくすぐられたこと、なにより一時の性欲におぼれて手放すにはあまりに惜しい日々だったことから、どうにか堪えた。
さて。そんな私の前から、なんの断りもなくアラスターが忽然と姿を消したときの心境を想像していただけるだろうか。戸惑い、後悔し、やがて怒りが湧いてきた。こんなことになるならば、あの時もこの時もあの女の尊厳を踏み躙り、高くそびえるプライドがへし折れるまでズタズタにいたぶってやれば良かった。長らく抑えてきた暴力的な欲求が頂点に達したその時。再びアラスターが地獄に舞い戻ったのである。
だが、いざ奴と対峙してみるとどうだ。彼女は7年前の殺し合いなどなかったかのように平然と絡んでくるではないか。しかも私が契約破棄されたことを責めた時の顔! オモチャを取り上げられた子どものようで、それはまるで。
『……手続きなしで離婚が成立するとは知りませんでした。幸い、いまの私には結婚などというまわりくどい足掛かりは不要。煩わしい関係を解消する手間が省けたというものです』
言葉を紡ぐアラスターの周囲に黒い影が募る。彼女の身体がゆっくりと足元から闇に沈んでいく。 『さようなら、旧友よ。お望み通り、契約は終わりだ』
「待ってくれ、アラスター!」
衝動のままに私は彼女の肩を掴んで引き止めた。ああ、許してくれ。これは夫婦に「必要」な接触だ。そしてどうかもう一度チャンスを。二度と君にそんな顔をさせないと誓う。君の提示するどんな条件もクリアしてみせる。だから、なあ、アラスター。
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