【トニキャプ】Tell me Tell me…
以前書いた、MCUキャップを目覚めさせたのがピアースだったら…というIF
と同じ世界線です。
罪悪感を抱えて生きるヒドラキャップの話。
こちらの話だけで完結してます。
キャップ視点の書き下ろしを加えて本を発行しました。
「タッチダウン。君の得点だ。うまくなったな」
テーブルの端に落ちた三角形の紙片を拾い上げながら、スティーブに声を掛けた。この場では最適な言葉選び。しかし本当に伝えたい、伝えるべき言葉でないことは、誰より僕自身がわかっていた。
ペーパーフットボールを知ってるか。そう尋ねて、セラピーから戻って早々に部屋に籠ろうとする彼を引き止めたのは、小一時間前。首を横に振る彼に、
「なに、知らない? それは良かった。またひとつ現代の知識が増えたな。ああ、安心してくれ。誰でも簡単に遊べるゲームだ。戦前生まれの君でもね」
つらつらと溢れる軽口に、自分でも苦笑してしまう。皮肉は得意だ。相手を言い負かすような強い言葉も。だが心を閉ざした相手に掛けるべき言葉は一向に見つからないままだった。
「紙とペンさえあれば遊べるんだ。指をゴールポストに見立てて、ボールを飛ばし合う」
早口でルールを説明をしながら、テーブルの上のペーパーナプキンを折り込む。三角形になったらボールの完成だ。
ペーパーフットボールのルールは簡単。紙でつくったボールを交互に指で弾き合い、ボールの一部がテーブルの端から出たところで止めることができれば得点になる。ただし、勢い余ってテーブルから落ちてしまったら、相手の得点。得点が入ったほうは、相手が指でつくったゴールへ「キック」する権利が得られ、うまくゴールを越えさせることができれば、さらにもう1点獲得。35点先取、もしくは制限十五分以内の得点数を競い合う。子どもから大人まで楽しめるテーブルゲームだ。
「雨の日にはもってこい。そうだろう?」
僕からの誘いを、スティーブはきっと断らない。どれほど当人が僕との交流の時間を断ちたいと望んでいたとしても。卑怯な確信を抱いて声を掛けると、思惑通り彼は困った顔で笑って、僕の向かいの席についた。
Tell me Tell me…
スティーブとの奇妙な同居生活が始まったのは、およそ半年前。サノスとの決戦のあとからだ。
サノスの手下が地球に襲来した直後、フューリーはダンヴァースに、僕はキャプテンにエマージェンシーコールを発信した。
ヒドラの幹部として暗躍していたキャプテン・ヒドラ。地球の危機に際し、僕は第一級犯罪者に協力を仰いだのである。ラフト刑務所収監前、キャプテンは僕にこう言った。
「僕は罪を償う。この命をかけて。だが、もしこの先の人生で君が僕を必要とする時があれば、言ってくれ。僕はいつでも君の助けになる」
宣言通り、スティーブは僕らの窮地を救ってくれた。僕らは地球の、ダンヴァースは宇宙からのヒーローを集結させ、見事サノスを討ち果たしたのである。
「君の力になることができてよかった」
戦いのあと。スティーブはそう言って微笑むと、僕のほうへ両手を差し出してきた。意図は分かっている。使命を果たしたのだからもう一度錠をかけろというのだろう。だが僕は努めて気付かぬふりをして、
「こちらこそ。君の協力に感謝している。ぜひ御馳走がしたい。ああ、もちろん。近々アベンジャーズ全員揃ってのパーティも予定しているがね。それとは別に。君だけに特別なお礼がしたいんだ」
乞うように仰ぎ見ると、彼は戸惑い、瞳を震わせた。
「礼なんて。僕は許されざる罪を犯した罪人だ。当然の奉仕だよ」
「奉仕! そうだな。今回の君の働きを各国政府に報告して恩赦を願わなくては」
「恩赦!?」
とんでもない。拒むように突き出した彼の両腕をかすめ取ると、
「君がいなければ我々は敗北していただろう。誰か一人でも欠けたら、得られない勝利だった。君も分かっているはずだ。最前線で戦っていた君なら」
そう告げて、彼の手を強く握りしめた。
僕だってはじめは、憧れのヒーローであるキャプテン・アメリカの正体が犯罪組織ヒドラの幹部だったという事実を受け入れ難かった。しかし彼が服役していた4年の間にいくらか気持ちの整理がついた。
なにより共に戦ったことで実感したのだ。彼の高潔な精神は、色褪せることなく今も彼の中にあるのだと。
「地球の脅威はサノスだけじゃない。これからも君の力が必要だ」
僕の思いが指先まで伝わり、火照る。ところがどうにもうまく熱が伝播しない。スティーブの両手はいつまでも冷えたままで。
「……君から求められたら、いつでも力になるよ。だけど僕はこの先も牢の中で、償い続けなければならない」
彼はしずかに僕を拒絶した。
第二次大戦末期。氷の中で眠りについたスティーブを目覚めさせたのは、ピアースだった。ヒドラの幹部であった彼は、ロキの杖を使ってスティーブを洗脳し、キャプテン・ヒドラに仕立て上げた。
あくまでカルト宗教の教祖としての利用であったとみえて、スティーブが直接誰かを殺めた事例は報告されていない。よって情状酌量の余地は十分にあるはずだった。
けれど、肝心のスティーブ自身が己の罪を許さなかった。彼は一切の減刑を求めずに、刑に服したのである。
あれから4年。4年間スティーブは模範囚であり続け、ついには地球最大の危機を一人の英雄として戦い、平和を取り戻すことに貢献した。十分過ぎると僕は訴えた。彼は納得しなかった。僕らの意見はどこまでも平行線を辿り、そもそも二人の間で留めて問題でもなく。
まもなく政府機関との協議が行われた。結果、スティーブの身柄をアベンジャーズの代表格である僕が引き受けることで決着がついたのだった。
もちろんこの決定に、政治的な裏があることは僕も認めている。以前から世界中で自由に活動する超人達を持て余していた政府のことだ。大方、今回の足枷と発信機でキャプテン・ヒドラを管理する事例をもとに、今後あらゆるヒーローを統制する独自法案を推し進めようとしているのだろう。思惑が分かっている以上、いずれは対策を練っていく必要がある。
が、目下の僕の問題は、急遽決まったスティーブとの共同生活にあった。政府の決定に彼は一応の納得を示したものの、自罰的な態度を緩めることがなかったからである。
同居を始めてまもなく、専門家の勧めでスティーブは退役軍人省に勤めるサム・ウィルソン主催のグループセラピーに参加するようになった。退役軍人同士が悩みを打ち明け合って共有する会だ。きっと戦場で傷を負った者同士で打ち明けられる部分もあるのだろう。回数を重ねるごとに、次第に素直な気持ちを吐露してくれるようになっていった。そして。
「僕の犯した最大の罪は、未来ある多くの若者を扇動してしまったことだ。それはゲームのポイントのように簡単にカウントして消化できるものではない」
スティーブはぽつりと呟いた。
互いに淡々と得点ボードに記録をし、時々「楽しんでいるか?」と声を掛ける程度の惰性で続けられていたゲームの最中。きっと先程から僕が掛ける言葉を悩んでいたように、彼も思うことがあったのだろう。続けて、
「僕の償いに終わりはない。だから恐ろしいんだ。こうして君と何もない穏やかな時間を過ごすことが。ヒーローとして活動している時はまだ良い。君の横に立つことが許されているような気がするから。だが、ただのスティーブとしては……君と笑い合う資格がない」
だからこれ以上一緒にいないほうが、お互いのためだと思う。
言い終えると、スティーブは両手で顔を覆って項垂れた。彼の手の内にあった三角のボールがぽとりと力なくテーブルの上に落ちる。
彼が常に自身を責め続けていることはわかっていた。容易に解決する問題ではないことも。しかしいつかは。僕がそばにいてヒーローとしての彼を讃え、語りかけ続けていたら、いつか笑いあえる日が来るはずだとどこかで思い込んでいたのだ。僕がヒーローとしてのスティーブに救われたように。
力になりたいと心から願っているのに、その思いが重荷になるという矛盾。
やはりスティーブは牢獄の中がふさわしいのか。一生閉じ込めることでしか彼の心は癒えないのか。いや、もし仮にそうであるならば。
「……だったらなおさら」
深く息を吐き、僕は言葉を紡いだ。
「スティーブ。君はこれからも僕といるべきだ」
まっすぐに彼を見据える。ぴくりとスティーブの肩が震えた。
「僕からの期待が、羨望が、重たいんだろう? 苦痛なんだろう? 上等だ。罪人の君にふさわしい罰じゃないか」
残忍な物言いに反応して、スティーブがゆっくりと顔を上げる。かちりと目が合う。僕はそっと手を伸ばし、彼の両手を柔らかく包み込む。
「一生涯かけないと償いきれない? そうか、だったら僕も覚悟を決めよう。この先の生涯、君のそばに居続けてやる。君がもう嫌だと言っても、この手を離してやるものか」
ああ、これではまるで脅迫だ。重くて、残酷な束縛。なんて醜い「Marry me」。
もう少しマシなプロポーズはなかったのかと思わなくもないが、きっと今の僕らにふさわしい。
その証拠に彼は、
「どこまで君は意地が悪いんだ」
涙を零して笑いながら、僕の手を握り返した。
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