【トニキャプ】添い遂げたアンドロイドへ

MCU版。もしもスティーブを目覚めさせたのがトニーだったら…なんちゃってアンドロイドIFです。こちらのお話は完結してますが、トニー視点を加えた本を発行します。

通販情報は最下部にて。


「…トニー……トニー!」

  呼びかけながら努めて優しく揺すると、トニーはゆるりと目を開いた。

「んん……おはよう、スティーブ」 

「おはよう、トニー。今はええと、朝の7時だよ」

  僕はチラリと腕時計を確認してから時刻を告げる。それから放っておくと二度寝をしてしまう彼の背中を支えて起こし、「コーヒーを淹れたから顔を洗っておいで」と囁いた。彼は「わかった」と満足そうにゆるりと笑うと、まだ眠気が残っているのだろう、目を擦りながら素直にバスルームへと向かっていった。

  こうしてトニーの背中を見送りつつ彼のベッドを整えてしまえば、本日の僕の任務はほぼ完了したといって良い。トニーを起こすという最大の難所さえ乗り越えてしまえば、あとは大したタスクは残っていない。なぜって、天才科学者トニー・スタークには有能な発明品がひと通り揃っているからだ。

  掃除も洗濯も料理も。僕の出る幕はなかった。仕事のサポートだって。

 『おはようございます、スティーブ』 

「おはよう、ジャーヴィス」

 そう、トニーには有能なAI秘書がついている。

  本当は朝、トニーを起こす仕事も僕である必要はない。正確な時間を把握する機能もなく、トニーからもらった腕時計頼みの僕なんかよりもジャーヴィスのほうがずっと有能なのだから。

  それでも何故かトニーはこの僕に起こしてもらいたがった。

 「たしかにジャーヴィスは優秀で頼もしい相棒だが、残念ながら手足がない。ロボットアームのダミーはどうかって? あいつは良い奴だが……少々不器用なのは君も知ってるだろ? だからスティーブ。君が良いんだ。僕のヒーロー。キャプテンアメリカモデルの君が」

  キャプテンアメリカモデル。伝説のヒーロー、キャプテンアメリカを模してつくられたアンドロイド。それが僕だった。

  キャプテンと同じ記憶と思考力を持ち、キャプテンもといスティーブ・ロジャースと同じ姿形をしている。力だってスーパーパワーを持つ彼と同様……ほら、ますます僕が目覚まし時計の代わりとなる意味がわからなくなってきた。

  だけど仕方がない。僕の主人がそうしろと命じるのだから。

  ゆえに僕は今日もトニー・スタークを揺り起こす。僕を目覚めさせてくれたマスターを。


添い遂げたアンドロイドへ

 

  僕の記憶はトニーと出会ったところから始まる。

  目を覚ましたとき。僕の記憶……記録と呼んだほうが正確かもしれないが、それは混乱を極めていた。目覚めた直後、およそ四半世紀に及ぶスティーブ・ロジャースの人生の記録が、走馬灯のように僕のメモリー内を凄まじい勢いで駆け巡ったためだ。

  僕はスティーブ・ロジャースとしてこの世に生を受け、虚弱な身体ながらもスーパーソルジャー計画の被験者となった結果キャプテンアメリカとして強靭な肉体を得て、ヒドラと戦ってきた……という記録を有していた。

  物心ついてからキャプテンアメリカになるまでの記憶。それは現実で体験したとしか思えないほど生々しい印象とともにメモリーに刻まれていた。けれども同時に、記憶全体が霞がかかったように不鮮明でもあった。まるで深い眠りの間に見た、いくつもの夢のように。

 思い出の中の場面と場面がうまく繋がらないのである。親友のバッキーとは、ペギーとは、ハワードとは、最後にいつ会った? どんな会話した? なぜ僕は……そこまで思考したところで、ブレインが激しく痛みだした。

  頭を抱えてうずくまる僕のもとに一人の男が駆け寄ってきて、優しく背中をさすってくれた。男は、「キャプテンアメリカとしての膨大な記憶が蘇っているのだから混乱するのも無理はない」そう語りかけてきた。

  痛みをこらえながら顔をわずかに上げると、男のぱっちりとした大きな瞳とぶつかった。ああ、僕は彼とそっくりな眼を持つ男を知っている。男の名は。 

「ハワード」

  その名を口にすると、眼前の男はくしゃりと顔を歪ませた。それから今にも涙をこぼしそうな表情で、

 「……ハワードは僕の父の名だ。僕はトニー。ハワードの息子のアンソニー・エドワード・“トニー”・スタークだ」

  と名乗った。それからこう付け加えたのである。

 「僕が君をつくった。キャプテンアメリカ型のアンドロイドとして」 


  にわかには信じられなかった。自分がロボットだなんて。けれどそう告げてきた相手は天才科学者ハワード・スタークの息子を名乗っていて。おまけにさまざまなハイテクノロジーのマシーンが僕を取り囲み、外を見させてもらえば地上から何千メートルも離れたタワーの上。地上が見たいと無理を言って連れ出してもらうと、そこには僕のまったく知らないマンハッタンの景色が広がっていた。

 まるで未来へタイムスリップしてしまったかのような恐ろしい感覚に襲われ、急いで今がいつかを尋ねた。答えは西暦2011年。1944年頃までの記憶しかない僕にはとてつもない衝撃だった。 

 タイムスリップしたか、でなければ目の前の男がヒドラの刺客で僕を洗脳しようとしているか。そのどちらかである可能性が高かったが、目の前の男の姿が僕の記憶の中のハワードとあまりに重なるばかりに、彼がハワードの息子である可能性もまた十分に否定しきれないのである。

  ではハワードの息子がヒドラの組織員になった可能性はどうか。ゼロではないけれど、彼にこんな大きな息子がいるとは考えられない。ハワードの親類の線も捨てきれないが、ヒドラの刺客だとしたら目的はなんだというのか。

 「……君のいう通り僕がロボットだとして、君は僕に何をさせたいんだ?」

  恐る恐る尋ねた僕の問いに対するトニーの答えは至ってシンプル、まったく拍子抜けするものだった。 

「キャプテンアメリカ、いやスティーブ・ロジャースとして、僕のそばにいてくれるだけで良い」 

 こうして僕は自身がロボットであることを否定しきれないままに、トニー・スタークの目覚まし時計の代わりとなったのである。

  目覚まし時計代わりといっても一日は長い。トニーは本気で「そばにいてくれるだけで良い」と思っているようだが、それでは僕の気が済まなかった。僕は人間と同じ食事でエネルギーを摂取するし、人間と同じように排泄、洗浄、睡眠を必要とする。つまり衣食住が不可欠で、そのすべてをトニーが無償で提供してくれているのだ。「僕が君をつくったのだから当然だ。気にすることはない」と彼は言うけれど、人間と同じ感覚を有する僕には居心地が悪くて仕方がない。

  そこで朝食をとらない彼の要望でコーヒーを淹れ(といっても高性能全自動のコーヒーメーカーがあるので、僕はカップをセットしてボタンを押すだけだが)、対面を必要とする荷物の受け取りや面会対応を肩代わりすることになった。ジャーヴィスと二人三脚の秘書業務を請け負うことにしたわけだ。どうやら僕が目を覚ます前はトニーの恋人がその役目を担っていたようだが、彼女に会社を任せて以降、このポストはずっと空いたままだったらしい。 

 ちなみに対面業務を引き継ぐうえで彼女、ペッパーとも何度か顔を合わせた。彼女いわく、「今もトニーのガールフレンドではあるけど、もう特別な関係ではない」らしい。恋愛の機微に疎い僕はそれ以上の追究は控えておいた。

  対面の仕事といえばもう一人。このスタークタワーに頻繁に顔を出す人物がいる。

 「や、やあキャプテン。今日も出迎えありがとう」

  彼、フィルはなぜかいつも妙に緊張した面持ちで僕に話しかけてきた。

 「やあ、フィル。今日の調子はどう?」

 「とても良いよ! キャプテン、あの……」

 「あー、そこまでだ。コールソン。さっさと用件を聞かせてもらおうか」

  フィルと話していると、なぜか毎回トニーに会話を遮られてしまう。だからフィルとは数えるほどしか言葉をかわしたことがない。それでも「じゃあ、お仕事頑張って」と手を振れば、ぶんぶんと手を力強く振り返してくれるので、彼は良い人にちがいない。

  さて、僕の主な任務はこんなところ。トニーがふだんどんな仕事をしているのか、詳しくは知らない。聞いても僕の理解の及ばない言葉で返されるし、彼の仕事中、僕はタワーの外にさえ出なければ自由に過ごすことを許されている。レコードを流しても、本を読んでも、絵を描いていても良い。僕が求めるものはすべて取り揃えられていた。

  最近、パワーが有り余っているならと、トレーニングルームの使用許可も得た。だから近頃のお気に入りは、サンドバッグを相手に過ごすこと。これが僕の日常だ。

  ああ、それからもうひとつ。トニーから任されている大切な仕事があった。それは、

 「トニー。そろそろ眠ったほうが良い」 

 声をかけなければ何時間だって作業に没頭してしまう彼に、睡眠を促すこと。そして、

 「おやすみ、スティーブ」 

「……おやすみ、トニー」

  彼の抱き枕として、夜をともに過ごすこと。

  どう考えたって抱き心地は悪いだろうに。それでも毎晩、トニーは添い寝を求めてきた。僕が彼に返せるものは限られている。だからこのぐらいお安い御用だ。でも。彼のようなプレイボーイの横に眠るのが僕で本当に良いのだろうか。そんな疑問を抱きながら、夜になると特注サイズのベッドでトニーとともに身体を休めるのだった。

  共に眠るようになってからというもの、時々彼にねだられて僕の記録に残るハワードとの思い出を語って聞かせることがあった。まるで幼い子どものようだと思うけれど、実際、幼少期に父であるハワードと過ごす時間を十分に取れていなかったのだろう。彼の精神の安定のためにも、夜のこのひとときは大切なものであるように思われた。

  もっとも精神の安定という意味においては、僕にとっても同様の効果が得られた。どうにもキャプテンアメリカの記憶がブレインに相当な負荷をかけているらしい。キャプテンとして凄惨な戦場を駆け巡った記憶。血や爆煙の匂い、銃撃の音に死にゆく仲間の断末魔……。時に悪夢となってあらわれるほどの心的苦痛は、トニーと夜を共に過ごすようになってから和らいだ。人の温もりというものはアンドロイドのエラーにも効果があるのだろうか。詳しいことは僕にはわからない。だが次第に、着実に。トニーと過ごす時間は僕にとって当たり前で、特別なものとなっていった。

  そんな僕の日常はある日。フィルの来訪により一変した。

  いつになく険しい表情を浮かべた彼は、「やあ、フィル」という僕の挨拶を遮り、

 「キャプテン。頼む。どうか私と一緒に来てくれ」

  そう言って僕の両手をぎゅっと握ってきた。ただならぬ雰囲気に僕が戸惑っていると、

「悪いが、コールソン。業務委託の相談なら隔週水曜8時から5時に頼むよ。それからうちの秘書はレンタル禁止だ。おさわりもね」

  とトニーが割って入ってくる。ふだんならここで僕とフィルの会話は終了。フィルとトニーだけの仕事の話に移るのだが、この日はちがった。フィルはトニーにずいと歩み寄ると、 

「スターク。今まで目を瞑ってきたが、緊急事態なんだ」

 「目を瞑ってきた? 悪いが話が見えな……」

 「今こそキャプテンアメリカの力が必要だ」

  キャプテンアメリカ。その言葉にぴくりと僕の体が反応する。トニーはそんな僕を隠すように身をひねり、

 「おいおい、何度も説明してきただろう? 彼は」

 「君が精巧につくったアンドロイドだって? だとしてもぜひ彼の力を借りたいね。なんといっても地球の危機だ。……だが、我々シールドの調査能力を甘くみないでもらいたい。調べはついている。君のお父上が氷山の中からキャプテンアメリカを発見し、密かに自分の研究室で眠らせていたことは。彼は正真正銘」


  本物のスティーブ・ロジャースだ。


  フィルの言葉がガンとブレインに響いた。本物。それでは僕の断片的な記憶はすべて僕自身が経験したものということになり、つまり。

  反射的にトニーを窺い見る。彼は僕の追究をかわすように顔を逸らした。けれどそれは答えに等しい。

  スティーブ。呼びかけられてフィルのほうを向きなおると、 

「地球の危機に、どう行動するか。決めるのはキャプテン自身だ」

  フィルはまっすぐに僕を見つめて訴えてきた。そうだ、いま重要なのは僕が何者かではない。 

「……現況は?」

  尋ねると、今度はフィルのほうがはっと肩を震わせた。が、すぐさま「まずはこの資料に目を通してほしい」とこたえ、一冊のバインダーを手渡してきた。 

「スタークも一緒に……」 

 フィルが呼びかけるも、トニーは顔を背けたまま動かない。トニー、僕が呼びかけてみても無反応。しかしここで対話を諦めるわけにはいかない。 

「トニー。君には色々聞きたいことがある。だが話はすべて終えて、帰ってきてからだ。いまは僕らにできることをしよう。最善を尽くそう」

  言い聞かせるように語りかけると、ようやくトニーと視線が重なった。「……帰ってきてから?」まるで迷子の子どもがすがるような問いかけが返され、

 「ああ。帰ってきてから」

 「ここに……?」

  不安気な彼の声音にふっと自然な笑みが漏れる。 

「もちろん。だって君、僕がいないと起きれないし、眠れないだろう?」 

 トニーの真似をして少々皮肉を交えて返せば、彼はようやく頬の緊張を緩め、それからこれまで僕が見たことのない表情を浮かべてみせた。


  それは、僕がはじめてヒーローとしてのトニー・スタークと対峙した瞬間だった。



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