【トニキャプ】ライカ
アベアカ世界線を下敷きにした学パロ。
ライカのシャッターを切ると、音に反応した彼がその生真面目な顔をあげてこちらを見た。
ようやく目が合った。そう思ったのもつかの間、あきれを隠しもしない大仰な溜息を吐いて、
「トニー。勉強をするつもりがないなら、他の生徒に席を譲るべきだ」
と苦言を呈してきた。
「勉強? してるさ。歴史の勉強中だ。なんと言ったってWW2の英雄が目の前にいるんだからな」
僕はからかい半分、もう半分に本音を含んだ軽口を返す。
目の前の青年、スティーブ・ロジャースは、見た目こそ僕と変わらないティーンだが、その正体は第二次大戦で活躍したヒーロー・キャプテンアメリカである。本来は出会うことの叶わない、いや、たとえ出会えたとしてもはるか年上のじいさんのはずで、今のように肩を並べて勉強することなどありえない存在だった。この一点においてのみ、僕はタイムフォグに感謝している。
タイムフォグ。僕が命名した、すべての元凶である不可思議な霧。このタイムフォグが学園を包み込んだことにより、僕たちはいつ終わるとも知れない学生生活を強いられることになった。中には必要に迫られて僕やジャネットといった初期メンバーがリクルートしたヒーローもいるけれど、この学園の生徒の大半がタイムフォグを通して別の世界からやってきたヒーローやヴィランだ。 どういう理屈か、本来はとっくに成人している者もティーンの姿に若返って現れ、過去の記憶も実績も曖昧なまま生徒として学園に馴染んでいくのだから随分と都合が良い。こういうときカマラならメタ的な解釈を披露するところなのだろうが、僕は遠慮しておこう。年齢的にはティーンでも、僕は世界が誇る天才科学者。調査途中の杜撰な考察を披露することは、ポリシーに反する。
ともかく僕らはタイムフォグ、あるいは避けられない災厄によってフューリーの運営するこの学園に集められた。時々襲ってくるヴィランの脅威を退けつつ、タイムフォグの調査をしたりヒーローとしての訓練を積んだり。アカデミーの生徒として日常を送っているというわけだ。
僕たちヒーローの最終目標は、タイムフォグの正体や出所を突き止めて取り除くこと。つまりタイムフォグがなくなったときに僕らの学園生活は終焉を迎える。それは解放ともいえるが、同時に――。
「それじゃあトニー。また明日」
僕が思案にくれている間に、どうやらスティーブは本日の課題を終えたらしい。勉強道具をおさめたリュックを背負いながら声をかけてきたスティーブに、 「ま、待ってくれ! 僕ももう行くよ!」 と慌てて声をかけ引き止める。ろくに開きもしなかったノートを乱暴にかばんへ押し込み、ライカを手にしたまま、僕はスティーブを追ってタイムレスアーカイブを後にした。
てっきりこのまま寮へ帰るかクラブAにでも立ち寄って勉強の疲れを癒すものと思っていたのに、前を歩くスティーブはまっすぐに訓練場へと足を向けた。いわく、本日分の訓練が残っているとかなんとか。
「正気か!?」
思わず叫ぶと、スティーブはびくりと肩を震わせて歩みを止めた。目を丸くして僕を振り返る彼に、
「学生の本分はモラトリアムを謳歌することだろう!?」
「いや、学生の本分は学業…」
「せっかく二度目の青春なんだ。それすらたいてい何かしらの騒動で台無しになっているというのに……こういう平和なときぐらい思いきり羽目を外して楽しむべきだよ」
そう熱を込めて訴えた。
スティーブは記憶が混濁した状態のまま現代で目覚め、目覚めてすぐ友人になったというサムの紹介でこの学園へやってきた。僕にとって、いや僕に限らずこの学園の多くの生徒にとって彼は、物心ついた頃から存在する伝説のヒーローである(フィルなんてこの学園にやってきて早々、彼に向かって「愛している」と告白したらしい!)
そんな彼が娯楽にあふれた現代にティーンとして蘇ったというのに、よりにもよってすることが勉強と訓練だけだなんて。もはやストイックを通り越してクレイジーだ。
勝手に嘆く僕を前にスティーブは、
「……僕だってクラブAに足を運んだことはあるよ」
少し不服そうに返してから、「あの店でペギーとダンスの約束を果たせたのは、君のおかげだ」といたずらに笑って付け加えた。なるほど。この一件を指摘されてしまうと、僕は黙るしかない。
というのもつい先日、僕は取り返しのつかない過ちを犯したのである。タイムフォグを利用して過去から父を呼び出そうとして、手違いでスティーブのかつてのガールフレンド・ペギーを呼び出してしまったのだ。 ほんの軽い気持ちだった。僕の建てたスタークタワーを父に見せたら、少しは父が僕のことを認めてくれるのではないかと。そんな淡い期待を抱いただけだったのに。僕の軽はずみな行動により可哀想なペギーはこの学園に閉じ込められ、半ば強制的に「生徒」にされてしまった。 僕にとって彼女は父の古い友人の「ペギーおばさん」だったが、スティーブにとっては二度と会えないと思っていた忘れがたき人だったようだ。彼らはひとしきり再会を喜んで約束のダンスを踊ったあと、現在、この学園で清い交際を続けている。
「……たしかに君は今まさに学生らしい青春を満喫中だったな」
僕がぼやくと彼は苦笑して、
「彼女は良き友人だよ。元の世界で婚約している人がいるらしくてね。彼女を無事に帰すためにもタイムフォグの解決を急がないと」
と誠実さをにじませた。それから続けて、
「もともと僕は、もやしな身体のせいで満足に学校へ通うことすら叶わなかった。だから勉強をするのもグラウンドで走るのも、僕にとっては今だからこそ味わえる、かけがえのない楽しい時間だよ」
スティーブはそこで少し間を置き、「もちろん、親友の君と過ごす時間もね」とふわりと笑いかけてきた。
ああ、まったく。いつだって彼はこうして僕の心を掻き乱してくるのだから敵わない。
僕は激しく脈打つ鼓動をごまかすように、手の中のライカのシャッターを再び彼に向かって切った。
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