【トニキャプ】ラジオ・スターの悲劇

※MCU時系列。

AVG1後、ラジオ番組を持っているキャップがいる世界。

こちらの作品で完結していますが、

書き下ろしを添えて、本を発行しています。 


時刻は21時59分。作業の手を止め、ラジオのダイヤルを回してチューニングする。

 周波数は99.9MHz。

 デジタル表示の時計が22時を示すと同時に番組の開始を知らせるジングルが響き、そして。

『ニューヨーカーのみなさん、こんばんは』

 落ち着いた低音がしずかに鼓膜を震わせた。


『70年振りに目覚めたばかりでまだ時差ボケが治まっていないのだけれど、今夜も付き合ってもらえると嬉しいな』

 ニューヨークのFM放送局「Where NY Favorite's Live」。通称「WNFL99.9」の金曜22時から0時までを担当するパーソナリティは、WW2で活躍したヒーローである。

 では、よぼよぼカスカスのしわがれた声で聞き苦しいDJか? というとそうではない。彼の声は若くハリがあり、堂々とした話しぶりはむしろ聴きやすい。

 それもそのはず。声の主は戦時中から現代まで氷の中で眠り続けてきて、年を取ることのないまま最近目を覚ましたばかりなのだから。

 終戦間際に行方不明となっていた英雄が氷の中から発見され奇跡の生還を果たしたとあって、彼は一躍時の人となった。発見された当時は各メディアがこぞって彼をゲストに呼び、誰もが英雄譚を聞きたがったものだ。目覚めの速報から数週間はどのチャンネルを回しても彼、キャプテン・アメリカの特集ばかりだった。報道の熱がわずかに落ち着いたのちもテレビでのレギュラー番組の話もいくつか持ち上がっていたように思う。

 しかし戦時中からタイムスリップした男が最終的に選んだメディアは、ラジオだった。

 彼の出演するラジオ番組「This American Life」は国内トレンドを取り上げる番組だが、彼がパーソナリティを務める金曜日のみ「This "Captain" American Life(通称、TCAL)」と名前を変え、70年分の情報格差を埋めるように、現代のアメリカ文化を学んでいく英雄をリスナーが見守る構成となっている。

 放送開始当初は、一部のコアなキャプテン・アメリカファンだけが楽しんでいる深夜のローカル番組だった。受動的に視聴する機会の多いテレビやインターネットといったメインメディアとちがい、ラジオはリスナーが能動的に視聴する媒体である。車社会であるがゆえにアメリカ人のラジオ視聴率は他国と比べて高いけれど、BGM代わりにヒットチャートを流してくれる局が好まれる傾向は依然として強い。

『それじゃあ今夜は僕がよく聴いていたこの曲からいってみようか。テックス・リッターで、"I’m Wastin’ My Tears on You"』

 このように選曲が30〜40年代と半世紀以上前の曲中心、かつ、メインパーソナリティが現代のトレンドに疎いとあっては、番組開始当初に若年層のリスナーが寄り付かなかったのも無理ないだろう。

 番組が始まったばかりの頃はヘビーリスナーの【フィル】からの応募ばかりで、「やあ、フィル。応募ありがとう」がTCALの決まり文句のひとつとして挙げられる程だった。

 が、そんな熱心なファン【フィル】の他愛もない悩みの数々(上司が横暴だとか、休暇が少ないとか、無茶な仕事が多いとか)に親身になって答えるキャプテンの誠実さが魅力的だと若者の間でも注目が集まり、「てっきりオールドヒーローの説教臭い番組だと思っていたが、どうやらちがうらしい」との評判が広がって、TCALは局いちの、いや、ラジオ番組業界いちの人気番組までのぼりつめた。

 いまでは番組の影響を受けて街中に懐かしのカントリーミュージックが溢れている。まるで自分たちのほうがタイムスリップしたみたいだ。

 かくいう僕も話題を耳にして、軽い興味で聞き始めたうちの一人である。

 期待などしていなかった。父の古い友人で、父が家庭を放って生涯探し求めた男。きっと頭まで氷漬けになったみたいにカチカチに凝り固まった考えを持っていて、融通がきかず、眠たくなるようなトークをするにちがいない。チタウリの戦いを通じて共闘したことでヒーローとしては多少頼りになる面もあると知ったが、ラジオスターとしての腕前は大したことないだろう。スーツの改良に熱を注ぎすぎて眠れない日々が続いている僕にとっては、睡眠導入剤に都合が良い。

 そう高をくくってジャーヴィスに再生させたのが始まりだった。

 結果的に。キャプテンの番組のおかげで僕の睡眠障害は快方へと向かった。だがそれは、彼の番組が退屈なものであったことを証明するものでは決してない。

 認めるのはシャクだが、はっきり言って彼の番組はとても面白かった。2時間の番組中1分でも聞き逃したくないと思えるほどに。これといって派手な話題はないのにリスナーを飽きさせない構成となっているのである。番組の構成作家も有能なのだろうが、なによりよどみなく話し続けるキャプテンの落ち着いたトーンが耳心地良く、リスナーの心を掴んで離さないのだ。

『みんな、いつもオススメを教えてくれてありがとう。リスナーのみんなから教えてもらったものは、全部リストにして手帳にまとめているんだ。これから少しずつ感想を伝えていこうと思っているよ』

 このように常にリスナーファーストで、相槌やリアクションが適切であるというのも好感度を上げている要因のひとつだ。リスナーはこぞってキャプテンに「自分のおすすめ」を教えたがり、彼も律義に全部試して番組内で感想を伝えてくれる。身体年齢はともかく中身は何十歳と上なのに、驕ることなく素直になんでも受け止めてくれるのだから嫌味がない。

 我々がキャプテンに現代文化を教えるばかりではなく、逆にキャプテンから古き良き時代の文化を教わる機会もある。番組内での選曲もそのひとつで、時代遅れだと決めつけてろくに聞きもせずにスルーしてきた曲の中に、自分の気に入るサウンドを発見することもままあった。この番組で紹介された曲を気に入りすぎて当時と同じ音質を再現したくなり、思わず真空管ラジオを自作してしまったときは、さすがになにをやっているんだと自分に自分で飽きれてしまったが。

 ともかく余すことなく番組を楽しんだ最後、

『おやすみ。よい週末を』

 とお決まりの挨拶で番組が締めくくられることで、心地良い満足感とともに眠りへと誘われるのである。

 

 まったく。すっかりこの番組を聴いてからでないと安眠できない身体となってしまった。番組は週1回のみだというのに。他の日は相変わらずろくに睡眠もとらずスーツの改良に明け暮れる日々だけれど、週に一度でも深い眠りにつける日があるだけで体調は大きく好転した。

 おいおい、きみのせいで僕の体はおかしくなってしまったぞ、どうしてくれるんだ。などと言いがかりめいた軽口をふっかけてやろうかと考えたこともある。しかし結局ニューヨークの戦い以来、彼と直接会う機会は得られないでいた。僕らはとりわけ友人でもなんでもなく、フューリーからの招集がない限り顔を合わせることもない間柄でしかないのだ。

 それならいっそ番組に応募してみようかと考えたこともある。基本的に国内のラジオ番組は通話を繋ぐ形式だけれど、偽名とボイスチェンジを用いればどうとでもなるだろう。しかしあと一歩のところで理性がストップをかけてくるのである。いったい私はなにがしたいんだ、と。偽名を使って、ファンをかたって交流するなんて。それがトニー・スタークのやることなのか、と。

 

 そうこうするうちに月日は流れ、それでも彼のラジオを欠かさず聴く日々が続いたある日。

 僕はナイトウェアに着替えると気休めに煎れたハーブティのカップを片手にベッドに横になり、サイドテーブルに設置した真空管ラジオの周波数を合わせた。

 放送時刻になり、オープニングトークのあと番組に応募したリスナーの一人と通話が繋がる。

『えっと、聞こえてるかな。スコット、応募ありがとう。サンフランシスコから……って、この番組、マンハッタン以外でも聞けるの? ああ、インターネット経由か。遠くからどうもありがとう』

 いつも通りのゆるいトークで始まった……のだが。

 応募者の男が少し緊張気味に、「毎週欠かさず聞いてます、キャプテンのファンです」と名乗ったあと、爆弾を落としてきた。

『アベンジャーズのニューヨークでの活躍をみて、俺、感動しちゃったよ! みんなものすごくかっこよかったけど、ひとつ気になったのが、アベンジャーズのメンバー同士って仲良いのかなってこと。ブラックウィドウとホークアイなんかは息ぴったりって感じだったけど、ハルクは言葉が通じなさそうだし、ソーも地球人じゃないって噂だしさ。特にキャプテンとアイアンマンって、古き良きヒーローと最新鋭のヒーローでしょ? 話合わないんじゃないかとか、ものすごく仲が悪くていがみ合ってるとかってファンの間では言われてるけど、本当のところどうなの?』

 リスナーの言葉に、僕は口に含んでいたハーブティを思い切り噴き出してしまった。これまでもアベンジャーズについて触れてくるリスナーはいた。だが、ここまでピンポイントで僕とキャプテンの間柄を聞いてきたのは、こいつがはじめてだった。

 当然気になるのは、キャプテンの回答である。この質問に彼はなんと答えるのだろうか。実際リスナーの指摘通り、僕たちは決して仲が良くない。いがみ合いもした。けれどチタウリの戦いを通して仲間としてはそれなりにお互いを認め合えた、と少なくとも僕は思っている。けれどキャプテンが本当のところどう思っているかは……わからない。

『まずはニューヨークでの戦いについて、ありがとう。僕も宇宙人と戦ったのははじめてだったし、すべての被害を防げたわけではない。反省もある。だがニューヨークの市民を少しでも多く救うための行動は、決して無駄ではなかったと思っているよ』

 彼の生真面目な回答も、そのあとに続くであろうアイアンマンへの評価が気になりすぎて耳に入ってこない。いや、答えはわかっている。傲慢で自分勝手。そうだ、面と向かって言われたことがあるじゃないか。なんといわれたって、なにを思われていたって、気にするな。あんな、キャプテンなんかに。

「……っジャーヴィス! WNFL99.9に電話を繋いでくれ、今すぐだ!」

 気付くと僕は叫ぶようにジャーヴィスへ指示を出していた。仕事の早いジャーヴィスがすぐさま発信し、次いで呼び出し音が響く。キャプテンに内心でどう思われていても良い。しかし番組越しに彼からの評価を聞くのは堪えられなかった。

 だって僕はもうすっかりこの番組の、キャプテンアメリカのファンになってしまっていたのだから。

『それで、スコットからの質問の答えだけど……ん? すまない、緊急で電話が入ったって……なに、え? トニー・スタークから?』

 ラジオから流れる音声と、通話越しに聞こえる声がリンクする。ああ、これまでキャプテンと話してきたリスナーはこんな心境だったんだなと妙な感動を覚えながら、キャプテンに取りつがれるのを待つ。

 はじめになんと声をかけようか。ああ、番組恒例の現代カルチャーのオススメも考えておかないとな。ファストフードは食べ慣れていないと以前番組内で話していたし、やはりここは僕の好物であるチーズバーガーを勧めておくべきだろうか。

 さまざまな考えが頭を駆け巡る中、僕はひたすら、決してビデオに殺されることのないラジオ・スターのことだけを想った。



あにま。

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