【トニキャプ】それはストレートな愛の告白よりも熱烈だった

スティーブからの手紙に、ビデオレターで返事をするトニーの話。

この作品で完結してますが、書き下ろしを添えて本を発行しました。



 RECスイッチを入れ、咳払いをひとつ。何度も繰り返した一連の動作に迷いはない。慣れたものだ。

 

 たとえ僕の今いる場所が、地球から遠く離れた何もない宇宙空間だとしても。

 正常にレコーディングが開始されたことを確認すると、僕は録画機能を搭載したアイアンマンスーツのマスクに向かって話しかけた。

「……やあ、スティーブ」

 今日も僕は彼に、一方通行のメッセージを送る。

[chapter:それはストレートな愛の告白よりも熱烈だった

]

 彼に向けたメッセージをはじめて記録したのは、シベリアでの決別からおよそ一年後。芽吹く花が目に明るい、春先のことだった。

 デスクに視線を向けると、表に「Tony」とだけ書かれた味気ない手紙が二通、折り重なっているのが見える。

 一通目は旧式の携帯電話とともに添えられた謝罪の手紙だ。送られてきた携帯のコールボタンをいつまでも押せないまま、一年が経とうという頃。二通目の手紙が届いた。

 差出人の情報は一切書かれていない。流れるような細い筆跡と綴られる文面だけが、彼からの……スティーブからの手紙であることを物語っていた。

『いつだったかの君の言葉を思い出して筆をとってみた。君は随分と酔っていたようだから、きっと覚えていないだろうけれど』

 名乗りもせずに切り出されたマナー違反の文章は、まるで謎掛けのようだ。事実、彼がいったい僕のどの発言を拾って手紙を送ってきたのか見当もつかなかった。

 けれど、手紙とともに封入された一枚の風景画が僕を動かした。

 彼が描いたのだろうか。スケッチブックから切り離されたのだろう一枚の紙に、水彩の淡いタッチで夕日の沈む海が描かれていた。

 その美しい風景を目にした瞬間。僕は衝動のまま立ち上がり、手紙への返事を決めた。

 ……までは良かったのだが。

「やあ、スティーブ」

 努めて自然に。なんでもないことのように切り出した呼びかけ。しかしどうにもその後に言葉が続かない。僕は何度目かの長く深い溜め息を吐き出すと、乱暴に録画の停止ボタンを押した。

 戦前生まれのオールドヒーローと違い、最新のテクノロジーに囲まれて育った僕に手書きの手紙なんぞは似合わない。返信するなら手段はビデオレター一択だ(便宜上ビデオという言葉を使っているが、映写方法は当然ホログラムである)。

 そう思い立って録画の準備を進めたまでは良かったものの。肝心の記録すべき言葉が見つからなかった。スティーブからの手紙に、なにかを返したいと強く思ったことはたしかなはずなのに。

「……ラブレターの返事だってここまで悩んだことないぞ」

 無意識に発した自身の言葉にハッとさせられる。いやいや、何を言っているんだ。よりにもよってラブレターと比較するなんて。馬鹿馬鹿しい。

 キャプテンからの手紙は、決してラブレターではない。単なる友人……いや、知人からの気まぐれなメールに過ぎない。ただ。

 ただ、彼の目に映ったのだろう風景を描いた絵に、僕は目を奪われたのだ。

 そうして共有された感動に、僕も応えたいと思った。もちろん、彼が今どこにいるのかはわからない。届ける術のない、果てしなく一方通行で自己満足なメッセージでしかないのだけれど。

「やあ、スティーブ。一緒に封入されていた君が描いたのであろう絵……気に入ったよ。とても。この感動を残しておきたくて、こうして独り言を呟いている。……まったく。誰もいないもんだから随分と声が反響するな。ひっきりなしに人が出入りしていた頃が懐かしいよ。そうそう、君に言われたからじゃないが、鍵は変えてない。だから安心してほしい。それじゃあ……手紙、ありがとう」

 三通目の手紙には、押し花の栞が添えられていた。真っ白なコスモスをあしらえた栞からは秋の匂いが香った。

『よく空を飛ぶ君を見上げていたからかな。澄んだ青空を眺めていたら、君を思い出した。見事な秋晴れのもとで咲いていたコスモスも、気に入ってもらえると嬉しい』

「やあ、スティーブ。こちらもすっかり秋だ。君が今どこにいるのかは知らないが、少なくとも同じ北半球にはいるんだろうな。しかし栞とは。僕が電子書籍派であることを話したことはなかったか? まあせっかくの機会だ。久しぶりに紙の本を読んでみるとするよ。空といえば……今でも時々、気晴らしに飛ぶことがあってね。そんな時、つい君の姿を探してしまうんだ。なに、体に染みついたクセみたいなものさ。昔はソーか僕がいないと君は空を飛べなかっただろう? もっとも、今の君には翼を持つ相棒がいるから不要な心配だとわかってはいるがね」

 四通目の手紙はクリスマス当日に届いた。封を開けると、木彫りのオーナメントがポロリと手のひらに転がった。小さなツリーの形をしており、てっぺんにはさらに小さな星がひっそりと乗っていた。

『昔、一度基地でクリスマスパーティをしたことがあっただろう。いま滞在している村で、子ども達とクリスマスの飾りつけをしている時にふと思い出したんだ。僕と一緒にいるメンバーは皆元気で過ごしているよ。ヴィジョンやワンダからも無事の知らせを受けている。君もどうか体に気を付けて。メリークリスマス。そして良い年を』

「やあ、スティーブ。君からの手紙で僕も思い出して、基地を飾り付けたよ。ウルトロンの襲撃で引っ越してしまったから、何もかもあの頃と同じというわけにはいかなかったが。それに、飾りつけ要員もすっかりいなくなってしまったしな。ああ、ちがうんだ。愚痴を言いたいわけじゃない。ただ……いや、何でもない。ハッピークリスマス、スティーブ。君も、良い年を」

 五通目の手紙には、再び絵が添えられていた。

 絵といっても今回はスケッチに近い。鉛筆でサラサラと滑るように滑らかなタッチで描かれた紙面には、僕がいた。切り取られた輪郭や髪の短さから、何年か前に描かれたものであることが推測できる。横を向き、誰かと話をしているところのようだ。皮肉でも口にしていたにちがいない。我ながら憎らしい口角の上がり方をしている。もう少しマシな場面を描けなかったのかという文句を飲み込んで、僕は二つ折りの手紙を開いた。

『まずは謝らせてほしい。許可なく君を描いてすまない。そのスケッチは、いつかのミーティングの休憩時間にこっそりと描いたものだ。何気なく描きとめたものだったのだけれど、出会った頃を振り返るのにちょうどよくて……時々眺めて過ごしていたら、ナターシャに見つかってしまってね。すぐトニーに送って謝るようにと怒られてしまった。ナターシャに言われたからじゃない。本当に、心から反省しているんだ。すまなかった』

 読みながら、しょぼくれているスティーブの姿を想像して僕は噴き出した。珍しいこともあるものだ。あの完璧なキャプテンがこんな隙をみせるなんて。

 きっと彼は何もわかっていないのだろう。ナターシャの意図も。この一枚のスケッチが僕をどれほど喜ばせるものだったのかも。

 こうして不定期に届くスティーブからの手紙が、ぽっかりと胸に空いた穴を少しずつ塞いでいってくれた。この手紙の返事は、あの旧式の電話からしてみようか。今日はもう遅いから明日にでも。そう決意したのに。

 結局、僕は電話を発信することができなかった。

 バナーが地球に帰ってきてサノスの存在を知り、スティーブに協力を仰ごうと電話を手に取った瞬間。サノスの手下連中からの急襲に遭った。ドクターが攫われ、追いかけて宇宙へ行き、そして。

 僕らは完膚なきまでに叩きのめされた。

 漂う孤独の宇宙空間で、坊やのように消えてしまっている者はいないだろうかと、僕は地球にいるであろう皆のことを思った。ペッパー、ローディ、ハッピー。それに……。

「やあ、スティーブ。なにもない宇宙空間と向き合って今日で21日目……いや22日だ。そろそろ酸素も食料も尽きてきた。おかしな話だが、少し前まで眠れない日々が続いていたというのに、今はすごく眠たくてね。気を抜くと意識を失ってしまいそうになるよ。そっちはどうだ? いや、君のことは心配していないさ。だって君はキャプテン、なの、だから……」

 スティーブがいればきっと事態は好転する。シベリアで一度は失った彼への信頼をこの一年で取り戻していた僕は、希望を胸に目を閉じた。

 まもなく、僕と青い少女を乗せた宇宙船を眩い光が包み込んだ。

 ホログラムによる映写が終わると、僕とスティーブの二人きりの部屋を静寂が包んだ。しばらくして、

「……改めて返事をもらうと恥ずかしいな」

 と、スティーブが頬を火照らせて呟いた。

 タイム泥棒作戦が問題なく決行され、サノスに消された人々が戻り、世界に平和が戻った。そうして五年ぶりに強敵に頭を悩まされることなく過ごせる余暇時間に、僕は気まぐれにスティーブを誘って、録り溜めていたビデオレターを見せたのである。

「恥ずかしいのはこちらも同じだ。だが、このまま誰にも見せないというのも味気ないだろう」

「まあ、それもそうだな。いや、見せてくれてありがとう」

 はにかむスティーブに満足した僕は、二通目の手紙を受け取ってからずっと気になっていたことを彼に尋ねてみた。

「ところで、君がこの手紙を送ろうと思ったきっかけって何だったんだ? 酔っている時にどうとかって……悪いが君の推測通り、本当に覚えていなくてね」

 僕からの問いに彼は「ああ」と軽く頷き、

「基地で泥酔した君が語ってくれた恋愛論を思い出したんだ」

 と切り出した。それから平然と爆弾を投下した。

「美しいものや楽しかった体験を共有したくなる相手。離れている時にいつも頭に浮かぶ相手がいるなら、それが恋だと。だから手紙を書こうと決めた時に僕は、ああ、ずっと君が好きだったんだと」

 気付いたんだ。そう言って微笑むスティーブに、僕が赤面するまで数秒。スティーブ自身が己の発言を振り返り自覚して、両手で顔を覆うまでに数十秒。

 いい年してあきれるほど初心で未熟な顛末が、まもなく訪れた。


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