【トニキャプ】Shake it like a tasty chocolate milk

ケーキなトニーとフォークなキャプテンのケーキバースです。

カニバ表現はありませんが、世界観注意

別視点の書き下ろし付きで本を発行しました



 キャプテンはマカロンが好きらしい。

 ジャーヴィスにその情報を追加させたのは、ニューヨークの決戦から半年程経った頃。旅に出ていたロジャースが帰ってきたという一報を受けて、スタークタワーもといアベンジャーズタワーの最上階に一堂が会した席でのことだった。

 6人でシャワルマを食べた時のようなささやかな集まりとなるはずが、フューリーやヒルにも声をかけたことをきっかけにシールド全体に話が広がり、参加者のリストはちょっとしたパーティのレベルまで膨れ上がった。

 パーティとあらば、万全の状態でゲストを迎えねばトニー・スタークの名が廃る。僕はすぐさまフロアの内装をパーティ仕様に切り替え、アルコール類はもちろん、食事に関してもアレルギーや宗教上の事情も考慮したメニューを各種取り揃えてテーブルを埋め尽くした。

 そうして迎えた当日。華やぐ会場の一角で事件は起きた。これを聞いて「事件と呼ぶのは大げさだ」と思う者もいるかもしれないが、後々のことを考えると僕にとってそれは、事件としか言いようのない出来事だったのだから仕方がない。

 キャプテンがマカロンを頬張り、「甘い」としきりに頷きながら心底幸せそうな笑みを見せたのだから。

 衝撃だった。彼にとってもそうだったのだろうし、僕にとってもそうだ。キャプテンが人前でこれほど緩んだ表情を見せるだなんて。写真や記録映像にも残されていない貴重な瞬間に僕は立ち会えたのである。

 以来、キャプテンの笑顔が僕の脳裏に焼き付いて離れなくなった。食事をするたびにキャプテンのあのふわりとした笑みが頭を過ぎるのだ……ああ、わかっている。いい加減に認めよう。僕は幼少期から大人になった今もずっと、キャプテン・アメリカのファンだ。同世代の子どもなら別段珍しいことではないだろう。想像してみてほしい。憧れのヒーローが自分の目の前で無防備な表情を晒す、その光景を。情緒が掻き乱されるのも当然といえよう。

 どうにかしてもう一度あの笑顔が見たい。そう思い立った僕は、シールドからのおつかいでロジャースが僕を訪ねてきたタイミングを見計らって、用意していたマカロンの包みを手土産にと彼に差し出した。

「あ、ありがとう?」

 ただの事務手続きのために立ち寄った先で、まさか土産を渡されるとは思わなかったのだろう。戸惑いながらも受け取った包みを、彼がそのままポケットにしまおうとしたところで、

「有名なパティシエがつくったものなんだ。この前、マカロンを気に入ったんだろう? 良かったらひとつ食べてみてくれないか」

 とすかさず勧めてみた。なんとしても目の前で食べてもらわなくては。でも、と抵抗する彼を言いくるめ、どうにかその場でひと口食べてもらうことに成功した。

 しかし、その瞬間に彼の浮かべた表情は、僕の期待したものとは真逆のものだった。眉間に皺を寄せ、苦いものでも飲み込むような険しい表情。誰がどう見たって美味しそうではない。

 だというのに彼は、

「甘くて美味しかったよ。ありがとう。残りは家で食べさせてもらうとするよ」

 と、まったく感情のこもらない社交辞令を残して去っていったのである。あの時と同じ無邪気な笑顔を当然もう一度拝めると信じて疑わなかった僕は惨敗を喫したというわけだ。

 とはいえ、たった一度の失敗でめげる僕ではない。その後も幾度となく。顔を合わせる機会を得るたびに、最高級の菓子を手渡し続けた。そのうち彼の気に入る逸品が見つかるはず。そう信じてひと口頬張った彼をじっと見つめるも、彼の固い表情が崩れることはなかった。

 手法を変えて誘った食事もすげなく断られ、とうとう万策尽きたと思われたある日。僕の優秀なAI秘書が、

『手づくりのお菓子を渡されてみてはいかがでしょう?』

 と提案してきた。

 手づくり。なに、僕だって考えつかなかったわけではない。しかし採用しなかった。なぜって、僕自身が苦手だからだ。市販の物だってそうそう信用できないというのに。手づくりの菓子なんて何を入れられているか分かったものではない。味だって素人のつくったものがプロを上回るはずがないし、なにより重すぎる。渡された側の負担が大きすぎる厄介なもの。それが「手づくり」というものだと身をもって知っていたからだ。ところが、

『キャプテン・ロジャースの生まれ育った時代を鑑みると、市販のものより手づくりのほうが馴染みがあるかもしれませんよ』

 続くジャーヴィスの言葉に、僕は却下の言葉を飲み込んだ。

 なるほど。一理あるかもしれない。僕は品質ばかりにこだわって、相手の水準に合わせるということを怠っていたようだ。奇しくもあと数日で聖バレンタインデーがやってくる。共に戦ったよしみという口実で自然に渡せるだろう。

 問題は何をつくるのか。自慢ではないが、僕は菓子などつくったことがない。そこで初心者でも簡単につくれるものをとジャーヴィスにさんざん調べさせて熟考した結果、「トリュフチョコレート」を選んだ。作り方は簡単。ミルクチョコレートを溶かして生クリームと混ぜ合わせ、ココアパウダーをまぶすだけ。少々物足りなく思えたが、秘書からは『失敗するよりマシです』と嗜められた。

 こうして迎えた2月14日。いつものようにシールドの用事を口実にしてキャプテンをタワーへ呼びつけると、手土産と称して菓子を手渡した。普段とちがうのは、ラッピングの中身が僕の手作りであることだけである。

 キャプテンは手作りであることに気付いた様子はなく受け取ってくれた……ものの、ついにこの時が来たというべきか。彼はためらいがちに、だが僕にもはっきりと聞こえる程の大仰なため息を吐いてから、

「スターク。悪いんだが、もうこれっきりにしてくれないか」

 と切り出してきた。

「僕はお菓子が……というより、食事をすること自体が苦手なんだ。だから君の気持ちは嬉しいけれど、君の望むような反応は返せないと思う」

 彼が心情を吐露するのは初めてのことだったけれど、想定できない内容ではなかった。一度だって彼は僕の手渡した「土産」に社交辞令以上の喜びを示したことがなかったのだから。

 それでも僕は、今回ばかりはと食い下がった。なんといったって、今日は普段とちがう。時間と労力をかけてつくった、手づくり菓子だったのだ。

「頼む。今日が最後で良い。だから、ひと口だけ食べてみてくれないか」

 歴代の恋人にだってここまで情けない申し出をしたことはない。けれども僕は必死だった。

強い焦燥に駆られた僕の哀願に、ついに彼は折れた。

「……わかった。これが最後で良いのなら」

 そう念を押してからゆっくりとラッピングの口を解く。中から現れた柔らかなトリュフチョコレートを一粒掴み、彼は薄い唇を僅かに開いて奥へと静かに落とした。

 僕が口をつぐみ静かに彼の反応を待つ間、小さく響く咀嚼音。そして。

 こくりと飲み込む音が聞こえたと同時に、彼の頬を一筋の涙が伝ったのである。

 キャプテンが泣いている。なぜ。予想外の反応に動揺して、僕が言葉を紡げずにいると、

「……とてもおいしかったよ。ありがとう」

 彼は一言告げて、僕に背を向けた。そのまま出口のエレベーターへと歩き始めた彼を見送りそうになったところでハッと思い直し、彼の腕を掴んだ。

「待ってくれ……教えてほしい。おいしいと感じたのなら、何故泣く?」

 そうして振り返らない彼の背中に問いかけた。彼から引き出したかったのは泣き顔ではない。

 願ってやまなかったのは、マカロンを摘んだ彼が見せた、あの眩しいほどの笑顔だったのだ。

 僕の問いにキャプテンは答えなかった。代わりに僕は思考を巡らす。先程の彼の「おいしかった」という言葉に偽りはないように思えた。これまでの社交辞令のお礼とは異なる反応。ではこれまでと今回のちがいは? おそらく「手づくり」であるかどうかだろう。

 では、件のパーティの時はどうだったか。あの時も全て一流のシェフにつくらせたものだった。マカロンも例外ではない。だが……とその時の情景を思い起こし、僕はひとつの可能性に行き着いた。

 あの日。実は僕とキャプテンは直前にちょっとした会話をしたのだ。食に興味のなさそうなキャプテンがピラミッド状に積み上げられていたマカロンを物珍しげに眺めていたから。

「マカロンを見るのははじめてかい? フォンデュも知らなかったというから仕方ないかもしれないが」

「……フォンデュのことは忘れろ」

 じとりと僕を睨んだものの、すぐに彼は表情を緩めて「でも君の言う通りだ。はじめて見たよ」と肩をすくめて答えた。出会った当初衝突しがちだった僕らも、戦い経てからは談笑できるまでの仲になっていたのだ。

「焼き菓子の一種だ。軽く摘むにはちょうど良い」

 説明しながら一番上にあるマカロンへと伸ばした、その時。手がキャプテンと重なった。

 どうやらキャプテンの興味を惹くことに成功したらしい。気を良くした僕は、「失礼。どうぞ、味わってみてほしい」と手を引っ込めてから勧めた。

 ほんの一瞬、指がマカロンに触れてしまったが、彼のほうも気にする様子なく頬張っていたので、これまで思い返すこともなかった。

 だが、もし。あのとき僕が触れた指先に意味があるとしたら。

 導き出したひとつの可能性は、しかし行き着いてしまうとそうとしか考えられなくなった。僕は震える声で問いかける。

「キャプテン、あんたまさか……【フォーク】なのか?」

 ぴくりと揺れた彼の背中が、答えを物語っていた。

 世界にはごく稀に【フォーク】と【ケーキ】と呼ばれる特性を持った人間がいる。フォークは味覚障がいの一種で、食事をしても砂を噛んでいるような感覚で味を感じることができない。

 ただし、ケーキを除いて。

 ケーキという特質を持った人間は、本人やフォーク以外の人間にとってはなんの変哲もない存在だ。けれどフォークにとってケーキは、味覚の失われた世界で唯一、文字通り「味わえる」人間らしい。血肉はもちろん、体液や体臭、ケーキの構成する要素のすべてが甘美な旨味に感じるときく。

 もっともフォークもケーキも何十億分の一の確率でしか生まれないというから、そう滅多に相まみえることはない。しかしフォークはその特性からカニバリズムと結びつけられ、有史以来恐れられてきた。

 まさか伝説のヒーローであるキャプテン・アメリカが、食人鬼の代名詞ともいえる【フォーク】だったなんて。

「超人血清の副作用の一つだ。幸い僕はもともと虚弱体質で病人食に慣れていて、食事を楽しむ習慣などもなかったからね。当然、血清を打ったことに後悔はない。ただ……スターク。君が【ケーキ】だったことだけが誤算だった」

 押し黙る僕のほうへゆっくりと振り返り、キャプテンは自嘲気味な笑みを浮かべて告げた。キャプテンはずっと前から僕の特性に気付いていたのだ。そして人知れずその衝動を抑えてきたのだろう。

「君は僕がマカロンを気に入ったと思ったようだけど、ちがうよ。君が触れたものだから、僕は気に入ったんだ。そして今日のチョコレートも……心から美味しいと感じた。本当だ。それはきっと君がつくってくれたものだからだろう」

 だからこそ、僕たちは距離を置かなければならないんだ。過ちが起こる前に。

 話は終わりだと言わんばかりに彼は再び僕から顔を背けた。だが僕は掴んだ彼の腕をまだ離してはいない。離してはいけない、そう思った。僕は掴んだ手に力を込め、

「……君は、私を食べたいのか」

 囁くような問いかけに反応し、キャプテンはがばりと顔を上げて叫んだ。

「食べたいわけがない!」

 興奮に頬を赤く染め、目尻には涙が滲んでいる。

「スターク、君は自分のことをわかっていないんだ。いつだって君はとてつもなく魅力的な香りを発している。君に触発されて忘れていた欲求が蘇って、いつか僕は理性を失った化け物になってしまうんじゃないか。そうなったら僕は……!」

 彼の全身からその苦悩が伝わってきた。だからだろう。かえって僕は冷静にこの状況を受け止めることができた。

「君は理性に負けるような男じゃない」

「は? 何を根拠に……」

「たとえばだ。三大欲求のひとつとして、睡眠を例に挙げよう。キャプテン、君は何時に寝て、何時に起きる?」

 戸惑うキャプテンに「答えて」と促せば、日付が変わる前に眠り夜明けと共に起きるという模範解答が返ってくる。

「トレーニングをサボって少しでも長く寝たいと思うことは?」

「……ないよ。眠りすぎるのも身体に良くないからな」

「性欲が抑えきれずに道行く人を誰彼構わず襲いたくなることは?」

「スターク! いったいなんの話だ!?」

「理性の話だよ、キャプテン。君が本能に負けるなんてありえない」

 静かに、だが力強く断言すると、彼の目が弱々しく泳いだ。「でも、だって……」と続く言葉を宥めるように続ける。

「君は僕の触れただけのマカロンに喜びの笑みをこぼし、僕のつくったチョコレートに感動の涙を流す。そういう人間なんだ。もし君がそれでも自分自身を信用できないというのなら、僕は毎日でも君に手料理を振る舞おう。君が望むなら性的な触れ合いだって厭わないし、今すぐは難しいが死の間際にならこの身を差し出したって構わない」

「スターク、それはっ!」

「だからキャプテン、お願いだ。どうか僕のそばにいてほしい」

 ああ、僕のこの感情はヒーローへの憧れか、別の何かか。それは定かではないけれど。

 僕にとって彼に食べられることよりも、彼が目の前からいなくなるほうがよほど恐ろしいことであるのは確かなのだ。その証拠に、僕に促されて根負けしたスティーブからの、

「トニー……君ってやつは、言葉まで甘いんだな」

 その返事はどこまでも僕の心を満たしたのだった。


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