🐉×🐋クロスオーバー

7/12ムプチにて無配でした。

鯨のいくつかある並行世界のなかに ひとつくらいこんな世界線もあっても良いのでは と思い書きました。 潤發に幸せになってほしいし、 もう暗闇に怯えてほしくないけど、 阿翔の要素も残ってほしい。 このルートなら阿翔の威勢の良さを残した サーファーになるんじゃないかなと。 （黒社会入りは四先生に止めてもらって） まあ1984年時点での8歳なので、 再会のとき47歳なんですけど。 年齢逆転しちゃいますね。それはそれでね（レスリーチャンのチケットも分岐が完了する頃に届くのかな）

『台北に行けば新しい両親と自分の部屋ができるって』

 　文通友達の天宇哥哥に手紙でそう書いたら、短く一言『不要去台北（台北には行くな）』とだけ返ってきた。哥哥とはこれまで何度も手紙を交換してきたけど、これはいつも丁寧な返事をくれる彼らしくない手紙だった。

 　不思議に思いながら、「どうして？」と尋ねようと郵便箱の前に立ったところで、再び手紙が届いた。書かれていたのは同じ文字。『不要去台北』。

 　これまでぼくが返す前に哥哥が続けて手紙を送ってきたことはない。戸惑っていると、さらにもう一通。どうしたんだろう。天宇哥哥はおかしくなっちゃったのかな。

 　だんだん不安になってきたところで、次に届いたのは手紙ではなく写真だった。

 　男の人の横顔を写した写真。手紙の裏には、 　 

『天宇　死なないで。ここで待ってる』 

 　と書かれていた。どういう意味だろう。哥哥に呼びかけているこの文字を書いた人は誰なんだろう。いや、それともこれは哥哥がぼくに呼びかけている？　ここっていったい……と考えながら、もう一度写真を表に返してみて、ぼくはピンと閃いた。

 　この写真に写ってる人は天宇哥哥で、【ここ】というのは香港なんだ。「死なないで」の意味はわからないけれど、きっと「台北に行く代わりに、香港においで」と誘ってくれているにちがいない。 　そう考えたらぼくは、なんだかもうすっかり天宇哥哥に会えるつもりになって、夜、「我が家」のみんなが眠りについたあと、こっそり荷物をまとめてここを出て香港へ行くことにした。荷物といっても、ぼくの持っているものはとても少ない。ここにあるのは、みんなで一緒に使うものばかりだから。服とパンツと歯ブラシと。それから絶対に忘れちゃいけない、赤いポストと天宇哥哥からの手紙を鞄に詰めた。哥哥に会ったら、今までもらった手紙を見せるんだ。そしてたくさんの手紙をありがとうって伝えるんだ。 　 

　「我が家」を出る前に、じいちゃんと天宇哥哥に一通ずつ手紙を書いた。じいちゃんには、『ごめんなさい。台北には行きません。今までありがとうございました』と、天宇哥哥には、『そこで待ってて。必ず会いに行くから』と。

 　どうしたら香港へ行けるかなんて分からなかったけど、天使様がぼくを呼んでるんだ。きっと会える。ぼくは鞄ひとつだけを胸に抱えて、「我が家」を飛び出した。

 　それから香港を目指して、ここだ！　と思った道をひたすら歩く。気になる道を曲がって曲がって。道はどんどん狭まり、少しずつ聞こえてくるまわりの音も変わっていった。気が付くとぼくは、お祭りでもしているのかというほど賑やかな通りに出ていた。

 　忙しそうに行き交う人たちを避けたところで、一人の男の人とぶつかってしまった。「ごめんなさい」と衝突した鼻を手で押さえつつ、顔を上げる。見上げた先にはなんと、写真の中の人が立っていた。

 「天宇！」

 　ぼくがそう叫んだのと、目の前の男の人が何かを呟いたのは同時だった。男の人の言葉が聞き取れなくて、「ごめんなさい。今なんと言ったの？」と聞き返すも、その人はまたぼくの知らない言葉を口にする。

 　そうだ。天宇哥哥がいるということは、いつの間にか香港に辿り着いていたということだ。でもどうしよう。無事に辿り着けても、ぼくは香港の言葉が話せないんだった。せっかく会えたのに文字じゃないと言葉が伝わらないなんて……と焦っていると、天宇哥哥が「セイジャイ！」と誰かを呼んだ。

 　呼ばれてこちらにやってきたのは、白い覆面を付けた大きな大きな男の人で。 

　ぼくは怖くなってさっと天宇哥哥の後ろに隠れた。哥哥は何かをその人に伝えている。その大きな男の人は話を聞き終えると、ぼくの前にしゃがみ込んだ。ちょうど目の高さが合わさったところで、 

 「坊主。俺の言葉が分かるか」

 　とゆっくりと話しかけてきた。ぼくがおそるおそる頷くと、その人は何かを哥哥に告げる。哥哥は大男の話を聞きながら煙草に火を点けた。その瞬間、少しだけぼくの想像の中の天宇哥哥の姿からズレた。あれ、哥哥って煙草を吸う人だったっけ。これまでの手紙には一度も煙草のことなんか書かれていなかったけれど。 

 「お前はどこから来た？　ソンヤッの知り合いか？」 

「ソンヤッ？」 

 　大きな哥哥から尋ねられて、そのまま聞き返す。それから煙草の煙を吐き出す哥哥を見た。この人、よく見ると写真の人と全然ちがう。天宇哥哥はきっと、こんなチンピラみたいな人じゃない。 

　間違いに気付いてしまうと急に怖くなってしまい、ぼくは急いで回れ右して逃げ出そうとした。が、後ろから男に首根っこを掴まれて失敗に終わる。そのまま吊り上げられたものだから、首に服が絡まって苦しい。 

 「くっ……離せ！　離せったら！　お前なんか、お前なんか、天宇哥哥じゃない！」 

 　じたばたと手足を動かすもひょいひょいと避けられてしまい、全然男に当たらない。

 　大きな哥哥が、

「お前は天宇という人を探して城砦に来たのか？　親はどうした？」

 　と続けて聞いてきたので、ぼくはいったん暴れるのをやめた。見た目は怖いけど、いきなり犬猫みたいにつまみ上げてくる男よりずっと話が通じそうだ。ぼくは男に吊るされたまま、「いない」と素直に答えた。

 　そう口にした途端、どっと色々な不安が押し寄せてきた。両親は物心ついた頃からいない。代わりにずっとじいちゃんや「我が家」のみんながいた。でもここは全然知らない場所で、言葉もまともに通じない人ばかりで。これでもし天宇哥哥にも会えなかったら……想像すると、涙が溢れてくる。ぼくは天宇哥哥となんとしても会いたくて、 

 「哥哥は……天宇哥哥は、天使様みたいに優しくて、頭が良くて、字が綺麗で、香港で一番かっこいい人なんだ！」

 　震える声でそう叫んだところで、男はようやく僕を地面に下ろしてくれた。

 　大きな哥哥が僕の言葉を翻訳して伝えてくれているのだろう。話を聞き終えた男が、なんとなく、「香港で一番かっこいい？　それなら人違いじゃなくて俺のことで合ってるんじゃないのか？」と言ったような気がして、「ちがう。お前じゃない」という思いを込めてきつく睨み付ける。男はそんな僕の様子を見ておかしそうに笑いながら何かを言ってきた。

 　のちに香港の言葉を学んでから知ったことだが、男は、信一は、あの時こう言っていたらしい。

 「そう睨むなよ。お前、まともにケンカしたことないだろ。良いか、この城砦で生きていくならまず、よく食べて寝て、強くなれよ」