2025.07.06 15:49龍兄貴に大切に育てられて、四仔より黒社会を知らない信一の話【くうになる】 俺にとっての黑社會とは、イコール、祖哥哥が率いる「龍城幫」のことだった。外の世界では生きられない流れ者たちを受け入れる最後の砦・九龍城砦を守護する、強く頼もしく、警察さえも一目置く存在。 ここでは賭博も薬も売春も暴力も日常のなかに当たり前にあったが、どれも「龍城幫」が積極的に関与することはなかった。祖哥哥いわく。 「他の生き方を知らない、生き方を簡単に変えられない者もいる。...
2025.07.06 15:46四仔のメンタル落ち込んでる日にふらりとやってくる十二の話【星降る夜をとびこえて】 傷跡が湿気を含み、微かな重みを帯びる。呼応するように気が沈み、悪いほうへ悪いほうへと思考が流れていく。雨の日は決まってそうだ。 【是妳嗎?】 これは君だろうか。それとも似ているだけ? 日ごとに愛おしい記憶は薄れていく。片時も忘れることはないと信じて疑わなかった彼女の姿が霞み、映像の中のどの女性にも彼女の片鱗を見出してしまう。次々とビデオを再生しては取り出し、再生しては取...
2025.07.06 15:43四仔と名付けたものの誤解されるのは不本意な信一の話【くうになる】 「四仔」という通称は俺が名付けた。せっかく「なんと呼べば良い?」と希望を聞いてやったのに無視されたものだから、「じゃあ好きに呼ばせてもらうぞ。四仔片ばかり集めているからお前は今日から【四仔】だ!」 と意地になって命名したのがすべての始まり。 名付けた直後こそ鋭く睨みつけてきたものの、結局その後なにも言い返してはこなかった。どうやら呼び名に強いこだわりはないらしい。いわく「...
2025.07.06 15:41後遺症の残る十二とほっとけない四仔の話【星降る夜をとびこえて】 あ、まずいな。俺が牌を捨てる手の震えに気付いて卓から手を引いたのと、「ポン」という低い声が響いたのは同時だった。卓に落ちた八萬を迷いなく手に取り、間髪入れずに「ロン」と発した四仔は静かに、しかし迷いなく手牌を倒す。三色同順・ドラ1。卓の向こうから信一の呻き声が聞こえてきた。 結局この日は四仔の大勝ちのまま早々に解散の運びとなったが、内心俺はほっとしていた。年の近いこいつらと三麻で遊ぶ...
2025.03.28 18:25城砦に来る前の四仔の話【ブッキッシュタウンヒッピー】 友人から密入境の誘いを受けたのは十月の中頃のことだった。誘われなければ、思いもつかなかったと思う。そんな大それたことは。 入境後の成功譚は風の噂で時折り耳にしていた。界限街まで辿り着いてIDカードを手に入れ、贅沢な生活を謳歌する同胞たち。夢溢れる話に、若い俺たちは胸を躍らせた。 「これからなにかと金がいるだろう?」 友人のこの言葉が最後のひと押しとなった。生まれ育った土地に...
2025.03.28 18:1913歳のときの十二少が龍兄貴に救われる話【ブッキッシュタウンヒッピー】 トリップするのはきもちいい。いやなことをぜんぶわすれられる。なにもかんがえられなくなって、バカになりそう。まあべつにどうでもいい。どうせもともとあたまのデキはよくないから。 アヘンよりヘロインのほうがマシ。なにがどうマシなのかと売人に聞いたら、「ヘロインは戦争を引き起こしてないだろ」とラリった笑顔で返された。よくわからなかったけど、マシなほうが良いか。それ以上深くは考えず(考えたところでどうしよ...
2025.03.28 18:16まだ龍兄貴といたいので、大人になりたくない信一の話【ブッキッシュタウンヒッピー】 はやく大人になりたかった。祖哥哥のような。哥哥のそばにいて恥ずかしくないような。強くて賢くてかっこいい大人に。 「それならもっと冷静になれ」 俺の頬から垂れる血を哥哥が親指で拭いながら言う。喧嘩をして帰ってくるたびにかけられる言葉。冷静になれ。 それができたら苦労はしない。もう理由も忘れてしまったけれど、向こうが先に俺を怒らせるようなことをしたんだ。 「でも勝った...
2025.03.28 18:09龍兄貴の遺したレシピノートの話【くうになる】「四仔って料理得意?」 勝手知ったるといった調子で図々しく診療所に居座る信一から尋ねられ、作業の手を止める。 料理を得意か不得意かで考えたことはない。生存に必要な栄養素を摂取するため、必要に迫られたらつくるだけ。それすらも億劫で七記冰室で済ませることが多い。つまり。 「得意じゃない」 薬を煎じる手を再び動かしつつ、背を向けたまま答える。これで終わりだと思った会話は、「この通り...
2025.03.28 18:07四仔の診療所に通う十二の話【星降る夜をとびこえて】 半分城砦の住人。信一が俺を紹介するときに使う言葉だ。実際その通りで、俺は週の半分くらいを城砦で過ごしている。もちろん虎哥哥の許可のもとで、だ。虎哥哥と龍哥哥が義兄弟ということもあり、城砦に危険が及ぶような事態があれば俺たち架勢堂も黙っているわけにはいかない。龍哥哥が対処できない事態なんてそうないだろうという点さえ目を瞑ってしまえば、俺が城砦にいる大義名分はじゅうぶん。堂々と居座れるというもので。...