四仔の診療所に通う十二の話【星降る夜をとびこえて】
半分城砦の住人。信一が俺を紹介するときに使う言葉だ。実際その通りで、俺は週の半分くらいを城砦で過ごしている。もちろん虎哥哥の許可のもとで、だ。虎哥哥と龍哥哥が義兄弟ということもあり、城砦に危険が及ぶような事態があれば俺たち架勢堂も黙っているわけにはいかない。龍哥哥が対処できない事態なんてそうないだろうという点さえ目を瞑ってしまえば、俺が城砦にいる大義名分はじゅうぶん。堂々と居座れるというもので。
「……そしたら、殴りかかってきた奴がヤク中でさ」
患者の途絶えた深夜の診療所内。響くのは、間のびした俺の声とビデオの中から漏れる女の喘ぎ声だけ。ミスマッチなそれらを四仔は黙って前後から受け止めていた。いや、受け止めているかはわからないな。聞き流している、が正しいかも。それでかまわない。俺は大きな背中にひっついて他愛もない話を延々と続けた。思いついたことを好きなように。自由に話せるその空間は居心地が良かった。
いつのまにかビデオの再生が終わったらしい。四仔がもぞもぞと動くのが背中越しに伝わってくる。ビデオ一本ぶん。それが俺が四仔を独占できる時間だ。なにかと人から頼られることの多い四仔センセイが、俺の話だけを聞いてくれる。この時間を過ごすだけでヤクの後遺症による震えは自然とおさまっていく。
「十二」
振り返った四仔と目が合う。飼われた犬のように慣れた動作で手のひらを差し出すと、その上にガラガラと振ったドロップ缶から糖果をひとつ落としてくれた。
「げっ。ハッカだ」
「文句言うな」
「オレンジがよかったなあ」
そうぼやくと四仔は「またこの次だな」と言って、からかうようにゆるりと笑った。子ども向けの幼稚なご褒美。だけどそれがくすぐったいくらいに嬉しくて、ヤクよりずっと魅力的だった。
四仔はビデオを見終えると、いつもなにかしらのメモを取ってから眠りにつく。画面を見ていなかったので俺には分からないが、どうやら今夜も目当ての女は見つからなかったらしい。
近頃はこのまま泊まっていっても四仔からはなにも言われない。それを良いことに我が物顔でベッドに潜り込む。後ろからため息が聞こえてきたが、文句ではないのでスルーする。スペースを空けろと蹴られるままベッドの端に転がって、男二人背中合わせに過ごす夜。
俺は毎度寝たふりをして、控えめな寝息を背中越しに聞き届けてから目を閉じる。時間はまちまちだが、今夜は早いほう。よかった。魘されていないならそれだけで。
今はまだこうしてそばにいてやることくらいしかできないけど。いつか四仔が胸の内を包み隠さず話してくれるようになってくれたら良い。そんな日を夢見て、溶けて小さくなった糖果をがりっと噛み砕いた。
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