後遺症の残る十二とほっとけない四仔の話【星降る夜をとびこえて】
あ、まずいな。俺が牌を捨てる手の震えに気付いて卓から手を引いたのと、「ポン」という低い声が響いたのは同時だった。卓に落ちた八萬を迷いなく手に取り、間髪入れずに「ロン」と発した四仔は静かに、しかし迷いなく手牌を倒す。三色同順・ドラ1。卓の向こうから信一の呻き声が聞こえてきた。
結局この日は四仔の大勝ちのまま早々に解散の運びとなったが、内心俺はほっとしていた。年の近いこいつらと三麻で遊ぶのは楽しい。架勢堂の連中とはちがう意味で信一のことも四仔のことも気に入っている。この場所だって。だがどうしたって城砦は苦い記憶がこびりついた場所だ。それに。
鼻の奥を突くようなツンとした酢の臭いに、俺は身震いする。もう何年も断っているというのに、この悪臭入り混じる城砦内でも無臭に近いヤクのにおいを正確に嗅ぎ分ける己の身体の素直さに、思わず自嘲がこぼれた。ひとたびこのにおいを嗅ぐと、ヤク漬けで伏す人を目にすると、もうダメだった。耐え難い衝動に襲われて息苦しい。すぐにでもここを離れるべきだ。頭ではわかっていても体の自由はきかず、入り組んだ細い路地の奥で俺は蹲った。
「十二」
ふいに背後から名前を呼ばれ、反射的に肩が震える。軋むような鈍い挙動で振り返れば、四仔が静かに俺を見下ろしていた。
ああ、面倒なところを見られたな。最初に浮かんだのはそんなこと。四仔に過去を話したことはなかったが、この様を見られたなら医者の奴にはすべてを察せられてしまうだろう。だから見られたくなった。本当に。
頼むからこのまま黙って立ち去ってくれないか。内心でそう願うも、いつの間にかすっかり城砦に馴染んだらしい(ありていに言えば、おせっかいな)四仔には通じない。いや、これはもともとの医者としてのタチか。定かではないが、ともかく目の前で弱ってる人間を見過ごせないようで。
四仔は無言で俺の前にしゃがみ込むと、間抜けにも開いたままとなっていた俺の口に何かを乱暴に突っ込んだ。喉を守るべく舌が反射的に絡め取ったそれから甘味が広がる。その正体が棒棒糖だと気付いたのは一寸のち。
「糖果は依存性が高いから、ほしくなったら俺のところに来い。適量を処方してやる」
ぼそりと囁かれた無愛想な医者からの極めて親身な忠言。そのギャップに思わず口角が上がる。普段は口癖のように「仆街黑社會」と言って雑に扱ってくるくせに。まったく、こいつはどこまでも。
「……甘いなあ」
そうからかえば、「砂糖でつくられているんだから当たり前だろ」という、とぼけた呟きが返ってきた。
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