四仔と名付けたものの誤解されるのは不本意な信一の話【くうになる】

 「四仔」という通称は俺が名付けた。せっかく「なんと呼べば良い?」と希望を聞いてやったのに無視されたものだから、

「じゃあ好きに呼ばせてもらうぞ。四仔片ばかり集めているからお前は今日から【四仔】だ!」

  と意地になって命名したのがすべての始まり。

  名付けた直後こそ鋭く睨みつけてきたものの、結局その後なにも言い返してはこなかった。どうやら呼び名に強いこだわりはないらしい。いわく「どうせ身分証も医師免許もないからな」なんて自嘲でもって返されると、さすがの俺も言葉に詰まってしまう。

  よくよく考えてみたら相手がいくらおかしな覆面を被ったアダルトビデオコレクターの変人だとしても、「四仔」はあまりに直球過ぎたかもな。医者としての仕事は真面目にこなしているようだし、揉め事を起こしたという話も聞かない。悪い奴ではないようだ。仕方がないので、もう少し捻りのきいた名前を考えてやろう……そう思い直したときにはすでに「四仔」の名称は城砦中に知れ渡り、もはや訂正困難なレベルまで浸透していた。

  そうしてわずかな罪悪感をおぼえたところでさらに追い打ちをかけるように知った、四仔の身体の傷の要因とビデオを集める理由。黑社會への憎しみは言葉の端々から感じていたが、そこまで重い過去があるとは考えもしなかった。こう見えて俺は人情噺に弱い。テレビドラマのこれみよがしな感動シーンでも素直に泣ける男だ。つまり一途に恋人を探し求める四仔の話に胸を打たれたのである。と、同時に激しい後悔の念に襲われた。俺はそんな真摯な男になんてあだ名を付けちまったんだ! と頭を抱えてももう遅い。「アダルトビデオ屋に四仔という男娼がいる」などという下世話な誤情報まで流布してるとなれば居ても立ってもいられず、「四仔は大切な人を探すために四級片を集めている一途な醫生なんだ!」と城砦中に触れ回った。

  程なくして。俺は四仔に首根っこを掴まれ、「仆街!」となじられた。 

「個人の事情を当人の許可なく吹聴するな」

  至極真っ当な叱責。だが俺だって考えなしじゃない。 

「吹聴じゃなくて訂正だ。ダチが誤解されたままなんて、俺は嫌だ」

  きっぱりそう言い切ると、四仔は目をしばたたかせて押し黙った。俺は沈黙を承諾と捉え、以来、城砦に流れ着いた者には四仔の事情をあらかじめ説明するようにしている。