四仔のメンタル落ち込んでる日にふらりとやってくる十二の話【星降る夜をとびこえて】
傷跡が湿気を含み、微かな重みを帯びる。呼応するように気が沈み、悪いほうへ悪いほうへと思考が流れていく。雨の日は決まってそうだ。
【是妳嗎?】
これは君だろうか。それとも似ているだけ?
日ごとに愛おしい記憶は薄れていく。片時も忘れることはないと信じて疑わなかった彼女の姿が霞み、映像の中のどの女性にも彼女の片鱗を見出してしまう。次々とビデオを再生しては取り出し、再生しては取り出し。気付くと視聴済みのVHSの山に取り囲まれている。
いつもそんなときだ。十二がふらりとやってくるのは。
「雨宿りさせてくれよ」
そんなへたくそな言い訳を携えて、廟街からわざわざ雨漏りだらけの城砦へやってくる。ここは晴れていたって上から汚水の雨が降りそそぐような場所だというのに。
十二は来ると決まって定位置としているビデオラック横の椅子に座る。そうして雨が止むまで気ままに過ごすのだ。雑誌を読んだり、自慢の髪を整えたり。時々、ぽつりぽつりと近況を話すものの、これといった会話はなく穏やかに流れる時間が傷の痛みを、ざわめく心を、少しずつ癒していく。ああ、まったく。これではどちらが医者だからわからないな。
十二は実にからっとした性格の男だ。平気で軽口は叩くし、これまでの付き合いのなかで幾度もからかわれて言い返してというやりとりをしてきた。が、不思議と不快感はない。こうしてゆるやかに流れる沈黙も心地良く、付かず離れずの距離の塩梅が絶妙で。まるで。
甘え上手な猫みたいだな……と一瞬浮かんだ言葉は胸の内に留めておく。きっと口にすれば「俺は虎だ。虎哥哥のところの若頭だぞ?」と不貞腐れてしまうにちがいないから。
代わりに整えられたばかりの奴の自慢の髪をくしゃりと撫ぜてやる。まもなく、ゆるい抗議の唸り声が返ってきた。
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