「紙切れ」に繋がる秋兄貴と信一の話【永遠のブルー】
原作秋兄貴と信仔のお面のやりとりが好きだったので。映画版過去捏造。
子どもの頃、俺は祖哥哥から叱られてばかりだった。家を留守にしがちの父親よりも哥哥に怒られた回数のほうがずっと多く、どれも印象に残っている。
いま思えば叱られて当然のことばかりしていたのだが、当時は納得がいかなかった。子どもというのは危険なことが好きだし、禁止されていることほどやりたくなるものだ。そこまで怒らなくても良いのにと不貞腐れ、素直に謝れないこともしばしばあった。
あの日も俺は近所の悪ガキと取っ組み合いの喧嘩をしてしまい、帰ったら哥哥に叱られると思うと憂鬱で、ふだん使わない道を通り、できるだけ遠回りをして帰っていた。
ただ喧嘩をしただけであれば「少しは冷静さを身に付けなさい」と小言を言われるだけで済んだのだろうが、このときは口の端を盛大に切ってしまったのがいけなかった。
哥哥は俺が怪我をするとものすごい剣幕で怒るのだ。これも大人になって振り返ってみれば、人様の子どもを預かっている身として気が気でなかっただろうとわかるのだけれど、子どもの時分に察せられるはずもなく。俺はただバレたくない、怒られたくないという気持ちでいっぱいだった。
「そこにいるのは、信仔か。こんなところでどうした」
時間を引き延ばしたい一心で、道の端で小石を小さく蹴っていると、秋哥から声をかけられた。途端、「うわ、なんだその口は」と指摘されて、拭ったはずの口元から再びだらだらと血が噴き出していることに気付く。
「来なさい」
腕を引かれるまま、俺は秋哥の家へ行き、そこで傷の手当てをしてもらった。口元を手当されながら怪我の理由を聞かれ、もごもごといきさつを伝える。
秋哥も喧嘩なんて野蛮だと怒るかな。大人はみんな危険なことはやめなさいと怒るもの。
説明を終え、怒号を覚悟して待っていると、
「それで、お前はやり返したのか」
秋哥がしずかに尋ねてきた。
「う、うん」
戸惑いながら答えれば、「よくやった!」と力強く褒められた。俺がびっくりして、
「怒らないの? 祖哥哥は俺が喧嘩して怪我をするとすごく怒るよ」
と返すと、「まあ、あいつはそうだろうな」と秋哥はくつくつと笑った。
「阿祖は信仔が大切なあまり、心配でたまらないのさ」
続いた言葉は怒鳴られてばかりいたその頃の俺が簡単に飲み込めるものではなかったものの、 「だがお前はいずれは龍城幫の龍頭になるつもりなんだろう? だったら、ここらの悪童は蹴散らせるくらい強くないとな」
重ねてかけられた言葉に、胸のうちでくすぶっていた気持ちがじんわりと晴れた。
品の良い印象しかなかった秋哥の豪快な一面に触れ、すっかり心を開いた俺は「祖哥哥に怒られたくない」と目下の悩みを打ち明けてみた。すると彼は、「良い考えがある」とどこからか駄菓子屋で売っているような子ども用のお面を引っ張り出してきて、
「私から阿祖に連絡しておくから、今晩はここで夕飯を食べていきなさい。それからこの面をつけて帰り、まっすぐ寝床に入るんだ。そうすれば怪我した顔がバレずに済むだろう?」
そういたずらっぽく笑った。手渡された面には日本のヒーローが描かれていた。
秋哥の考えた作戦は、結果どうなったか。その日は秋哥の言う通り、お面を付けたまま寝床に直行したため、叱られずに済んだ……が。思ったより深かった傷は翌朝にも残り、当然、その怪我を祖哥哥から咎められ、喧嘩のことも、秋哥の入れ知恵も芋づる式にバレて、二人そろって祖哥哥から怒られることとなった。つまりは祖哥哥の怒りを回避することはできなかったということになる。だけど叱られている最中に秋哥が小声で「ほら、お前が心配でたまらないという顔で阿祖が見ているぞ」と囁いてくれたので、この時間だけはまったく苦ではなかった。なにより秋哥がいっしょに怒られてくれたのが嬉しかった。
秋哥が幼い俺の味方でいてくれたあの日から、俺はひとつ、決めていることがある。もし今後、秋哥が誰かと争うことがあれば、そのときは真っ先に彼の味方になるんだ。あの日、秋哥が俺の味方でいてくれたみたいに。そう、決めている。
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